星を繋げて・前編【夏コミ米英新刊サンプル】
2.
今回の会議は国外――日本が開催国だったので、久しぶりにホテルをとった。
いつもなら日本の家に問答無用でお邪魔するのだが、今回は長期の会議の予定であったし、開催国だから忙しいだろうと空気を読んだ――わけでは、勿論ない。
こちらも、ホテルのほうが何かと事情が良かったからだ。
内閣府に程近いこのホテルは、なにかと有名人も多く使っているらしい。滅多に使わないけれど、内装はそれなりだし、スタッフの対応も行き届いている。アメリカ本人の話では無いけれど、ホテルのクリーニングを頼んだところ、はじめから無くしてしまっていたボタンを、新しい物に付け替えてくれたことがあった、と友人から聞いたことがある。これは多分、彼がVIPとして扱われていたせいかもしれないが、それにしても素晴らしいサービス精神だと思う。生真面目な日本人らしいといえば、らしい逸話だ。
そして何より、ここの人間は皆、口が堅い。ホテルマンとして当然のことなのかもしれないが、秘密を守る、というのはなかなか難しいことである。諺に、人の口に戸は立てられない、という言葉があるように、噂というのは些細なことで広がるものだ。
例えば、の話をしよう。アメリカがここに、女性を連れ込んだとしよう。そして、堅く口止めをする。そこへ別の人間が現れる。容姿は・・・・・・そう、日本映画によく出てくるヤクザ、という種類の強面の男にしよう。そんな彼がフロントの人間にこう尋ねるのだ。
「今、アメリカという奴が女を連れて部屋に入っていっただろう?」
この場合、フロントの人間の答えは二つに分けられる。
一つは、「はい、先ほどこちらにチェックインなされましたよ」と答えるもの、もう一つは「いいえ、残念ながらお見かけしておりません。急用でしたら、メッセージを後程お伝え致しますが、如何なさいますか?」と答えるもの・・・・・・さて、一体どちらのホテルマンを信頼する? アメリカは当然、誰だって後者の人間を信頼するだろう。ホテルにいる間はプライベートな時間だ、それを他人にペラペラと喋られては堪ったものではない。客の注文は常識から外れていない限り忠実に実行し、しかし、プライベートには一切口を出さない、他人に漏らさない徹底された秘密主義。そういった点を、アメリカは高く評価している。それは他国にも評判が良いようで、今回もきっと様々な国々がこのホテルを使っていることだろう。
多分、その中にイギリスもいるはずだ。
ホテルマンに尋ねようかとも思ったが、秘密主義を貫き通す彼らが答えてくれるはずがないことは始めから分かっていたので、結局、メールで彼にこの部屋の番号を教えた。
返事は「了解」という短いもの・・・・・・なんというか、自分から誘っておいてそんな素っ気ない返事は無いんじゃないかと、内心面白くない気持ちになる。せめて、何時こちらを訪ねるつもりなのか、それぐらいは教えて欲しい。
結局、何時頃彼が現れるか分からなかったので、適当にシャワーを浴びて、あとはずっとテレビを垂れ流しにしたまま、そわそわと時を過ごす羽目になった。
作品名:星を繋げて・前編【夏コミ米英新刊サンプル】 作家名:宮城野アリス