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FREC[夏コミ再録本より]

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ここでは6章構成のうち、p.4の一文と第1章p.5~11途中までを掲載しています。






 幸福は常に崩壊と隣合わせにある。
 崩壊は常に幸福と隣合わせである。
 しかし、世界は常に幸福と崩壊の二項対立ではないことを、
 汝らは知るべきなのだ。


 聖フェリシア教会所蔵、聖女フェリシア像側面部記載
 「フェリシアの八の文言」より一部抜粋







第一章 Valgas 〈ヴァルガス〉

 その土地の守護聖女はフェリシアと言った。彼女は何百年も前に土地を天災から護ったシスターである。
 北を〈巨人の背〉と呼ばれる岩壁、西を国境である大山脈、川を挟んだ東の土地の地平線は海と接し、南には平野が広がるこの辺り一帯は昔からよく災害に見舞われた。気温の上下が激しく、川が氾濫し山火事が起き、強い東風による塩害が生じる。
 しかし、その中でフェリシアが祈りを捧げると、どんな天災も収まったという。
 写真も無かったような古い時代のことであるし、実際にそのような聖女がいたのかはわからない。ただ伝説として形作られるには十分の地形と気候であったので、古くからフェリシアは天災に対抗する手段として崇められていた。
 どのような女性であったのかは土地の人間ならば家で寝物語に聞かされるか学校で習うか、とかく有名な話である。清廉潔白、眉目秀麗。薄茶色の長い髪と同色の目を持ち片手に銃を掲げた姿は戦う美しい女で、初めてその地を訪れる者の目には奇異に映るが土地の者の信仰は厚い。土地で生まれた女子にはその名がよく付けられ、フェリシア、フェリシアーノという名はしばしば耳に目にする。
 聖女フェリシアが護る幸せの土地伝説。この土地に生まれたすべての者の幸せを願って死んだ少女の物語。
 それ故、ここは「幸せの土地フェリシア」という名を冠する。
「フェリシアーノ! どこです、出ていらっしゃいこのお馬鹿さん!」
 屋敷の回廊で声を張り上げる青年は年の頃二十半ばといったところ。ブーツがマーブルを蹴り上げ、甲高い音を立てる。優美な姿とは裏腹に怒りが表れ、床は被害を被っているらしい。
 背筋をぴんと伸ばした彼は眼鏡のフレームを押し上げながら回廊を見渡した。背の低い木ばかりが茂る四角い回廊の中の庭には花が咲き乱れ鳥が飛び回っている。
 彼――執事頭であるローデリヒ・エーデルシュタインは眉を顰めた。餌付けをしないように言ってあるのだが、一体誰の仕業なのか。思い当たる節がありすぎて考えるのを放棄する。とりあえず今は彼女を捜さなければならない。
 回廊を一回りしても隣接する部屋や庭の低木の間に少女の姿は見えない。昔はよく庭に隠れていたものだったが、さすがにばれると気づいたのか。また声を上げる。怒号は空しくよく晴れた空に吸い込まれた。あの少女のことだから、ただ単に寝こけていて聞いていないだけという可能性もあるが、空しいことに代わりはない。ローデリヒはますます苛立ちながら辺りを見渡す。確かにこの屋敷は広いが隠れ場所など限られていよう。
 まさか屋敷外に出たのだろうかと訝って邸内に戻ろうと足を向けると、作業着に身を包んだ小柄な青年が現れた。
「菊。何をしているんです?」
「こんにちは、ローデリヒさん。ギルベルトさんに頼まれたので、中庭の手入れをしようと思いまして」
 青年はにこりと微笑んだ。黒い髪に黒い瞳の、子供のような顔立ちをした彼――菊は、実際にはローデリヒとそう大差ない年齢である。
 菊の持ったスコップやバケツを見て取って、ローデリヒはあからさまに柳眉を歪めた。
「あのすっとこお馬鹿は自分の仕事をあなたに押し付けて好き勝手している訳ですか」
「あ――いえ、あの、ルートヴィッヒさんと土地の見回りに行かれたそうです」
 だから仕事ですよと宥めるように言った菊には悪いがローデリヒは帰ってきたら食事を抜いてやりましょうと心に決めた。土地の見回りは確かに彼らバイルシュミット兄弟の役目だが、馬に乗って畑を見て回るのにそれほど労力が必要だとも思えない。どちらか一人が行けば十分だろう。
 まったくと嘆息するローデリヒに菊は苦笑し、どうかなさったのですかと遠慮がちに尋ねた。
「今はフェリシアーノ様のピアノレッスンの時間では…?」
「あぁ――彼女を見ませんでしたか? また失踪中でしてね」
 肩を竦めるローデリヒに菊は柔らかく微笑む。ヴァルガス家長女のフェリシアーノはしばしばピアノやダンスのレッスン、勉強から逃げ出しローデリヒを困らせていた。やれば出来ない訳ではないから余計に性質が悪い。
 菊は庭の隅にバケツやスコップを置くと、作業用の手袋を外して道具の上に置いた。その動きをローデリヒの薄紫色の瞳が追いかける。
「私が探しましょう。庭の手入れは後でしても構いませんか?」
「その必要はありませんよ。あなたが探し出すより先に、私がギルベルトを連れ戻しますからね」
「あら」
 菊は口元に手を当てて花が咲いたように笑った。それだけ見るとあどけない少女にしか見えない。
 見つけたら部屋に押し込めておくようにと約束を取り付けてローデリヒはその場を後にした。踵を返す瞬間に上着の裾がひらめいて優雅に陽の光を反射する。
 眩しそうに菊はそれを見つめて、さあてと腕まくりをした。
 ヴァルガス家はこのフェリシアの土地一帯を支配する領主の家柄であるため、所有する土地も広いが屋敷もなかなかに広い。〈玩具箱〉と呼ばれるこの屋敷は三階建ての日常生活に使われる東棟に、中庭を囲む回廊を持つ別棟の西棟が隣接している。西棟には来客を迎える客間が並ぶ。もともとはヴァルガスが治めるフェリシアより南を直轄する王侯貴族を迎えるためのものだったが、最近は彼らが来ることもそうそう無く、広間などはヴァルガス家の人々の憩いの場となっている。
 回廊を抜けて渡り廊下を通り菊が向かったのは東棟の一階、一番端にある厨房だった。まだ昼には早いが、食いしん坊の彼女のことだから入り浸っている可能性は十分にある。
なんだか探偵みたいと菊は笑みを零しながら厨房の戸を開いた。
 途端に鼻に舞い込む、香ばしい良い香り。
「お、菊ちゃんじゃないの! 食べてく?」
 厨房に一人で陣取っていた人物はすかさず菊の目の前に皿を差し出した。美しいブロンドの髪は厨房にいるせいもあって後ろで束ねられている。青い瞳が楽しげに菊を映した。暇だったのだろうか、カモが来た! …とでも言わんばかりの顔である。
 皿の上に乗る牛のステーキは確かにとても美味しそうで思わず唾液を呑み込むが、菊は苦笑して首を振った。
「フランシスさん、ちょっと夕食には早すぎませんか?」
「そんなことないよ? お兄さん可愛い子にはサービスしちゃう主義だし☆そんな細いんだからもっと食べても大丈夫だと思うけどねえ」
 ウィンク付きで言われて菊は手でそれを制す。よくもまあぽんぽん口説き文句が出てくるものだ。
「今フェリシアーノ様を探していますので、また後で頂けますか? 料理長」
「あらら、また逃げ出したのか」