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FREC[夏コミ再録本より]

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 肩を竦めるフランシスだったが、彼がフェリシアーノの逃亡をよく手引きしてはローデリヒの鉄槌を食らっていることを知っている菊は涼しい顔で辺りを見渡す。よく磨き上げられた厨房は陽光を受けて銀食器が輝いていた。
「俺じゃないよ? 来てたらもっと食い散らかされてると思うけどね」
 そう言うフランシスの言葉はもっともだったが、そう言って逃がすことを手引きするというのである。
 菊は一応暖炉や大きな戸棚を確認したが彼女の姿はない。
 フランシスはすぐに食べられるようなサンドウィッチを手早く作って勧めつつ、菊ちゃんも大変だねえと大袈裟に眉根を寄せてみせる。
「まあいつものことですし」
「そうねえ…あ、いーこと思いついた! 菊ちゃんが俺とベッドに行くと、嫉妬したあの子も出てくると思」
「では失礼しました」
 笑顔でさらりとかわして菊はサンドウィッチを一つ受け取り出てきた。後ろで落胆の声が上がったような気がするが、彼は誰に対しても大体あんな感じなので聞かなかったことにする。
 厨房でないとすればどこだろうか。その場でハムサンドを食べると口を拭いつつ次は彼女の部屋へ向かう。一番確率が低そうな所ではあるが見ておくべきだろう。
 フェリシアーノの部屋は二階の南側にある。さすがに女性の部屋に押し入るのは問題かと扉の前で菊が考え込んでいると、声を掛けられた。
「あら、菊。どうしたの?」
「エリザベータさん」
 廊下を歩いてきたのは手にタオルを抱えた女性だった。栗色の長い髪がウェーブを作り、彼女が歩くごとにふわふわ揺れる。緑の瞳は優しい色を湛えていた。
 メイド長、エリザベータ・ヘーデルヴァーリは長などと関してはいるものの、この屋敷で唯一のメイドである。それでよく仕事が立ちゆくものだと菊は常々感心しているが、彼女はいつも急いでいる様子も無くローデリヒ同様優雅に膨大な仕事をこなしている。
 フェリシアーノがいなくなったことを告げると彼女はああ、いつもの、と言ってくすくす笑った。あまり笑い事ではないのだが、菊も苦笑する。
「お部屋を拝見しても? いないとは、思うのですけれど」
「そうね、私も今全室のタオルを換えて回っているんだけれど、まだ見てないわ。いっそ外にいるんじゃないかしら?」
 彼女はそう言ったが一応部屋を見せてくれた。しんと静まり返った部屋は服が脱ぎ散らかされていたりおもちゃが転がっていたりして相変わらず汚れている。女性物の服に菊が慌てて眼を逸らすとその先ではエリザベータがため息をついていた。
 菊は視界に入ってきた、足元に転がる汽車のおもちゃを拾い上げる。
「わ、私も手伝いましょう」
「いいわ。菊はフェリちゃんを探しに行って。ここは私がやります」
 菊の手からおもちゃを取り上げて彼女は苦笑する。まったくいい年してねえ、とエリザベータはおもちゃを放り投げた。放物線を描いたそれはベッド脇のおもちゃ箱に見事収まる。
 菊はその場はエリザベータに任せて部屋を後にした。もしフェリシアーノがそこにいたら確実に彼女に捕まることを恐れ、すぐに飛び出して菊の後ろにでも隠れただろう。ローデリヒならともかく、エリザベータが相手ではあまり意味はないのだけれど。
 外にいるでしょう、というエリザベータの助言のままに、菊は屋敷を出た。この辺りでは一番眺めの良い小高い丘に立つヴァルガスの屋敷は四方を畑に囲まれている。全てがヴァルガスの領土で、畑も民に与えて耕作させているものである。収穫を待ち構える金の穂が見え始めていた。今年の収穫祭も大賑わいだろう。酪農も盛んではあるものの、麦がこの土地を支える重要な農産物なので見渡す限り広がる色づいた畑は見ていて爽快である。
 ヴァルガスの屋敷の周りは目隠し程度の低い石塀が囲み、その中には少しだが小さな畑もある。ときたまフランシスがここから野菜を採っているが、今日は彼ではない先客がいた。
 麦わら帽子を被ってしゃがみこんでいる彼は、後ろから見ると何をしているかわからないが恐らく野菜の色つやを見ているのだろう。まだ秋の収穫には早いがものによっては食べ頃を迎えているものもある。
「アントーニョさん、こんにちは」
「菊! どうしたん、野菜食べるー?」
 振り返った彼、アントーニョ・フェルナンデス・カリエドは緑の瞳をにっこり笑みの形にして腰を上げた。彼は普段は屋敷にいないのだが、時々ふらっと帰ってきてはこうやって野菜の世話をしている。今度帰ってきたのは数か月前だった。
 菊には詳しいことはわからないし、長い付き合いの中で聞く機会を逸してしまったので尋ねようにも躊躇ってしまうのだが、野菜作りの専門家か庭師の類なのだろうと勝手に思っている。
 今はシャツに茶色のズボンというラフな格好をしており、別に作業用なのではなく常にこんな感じである。ますます何をしている人なのかわからない。
 彼ならいい案が思いつくかも。捜査状態を説明すれば、彼はうーんと首を傾げ腕組みをした。
「俺は見てへんなあ。屋敷から出たんとちゃうかな?」
「それで探しに来たのですが…」
「うん、だから、外に行ったんやない?」
 何のこと無く門扉を指し示したアントーニョに菊はえっと絶句した。フェリシアーノはまだ年端もいかない――とは言っても既に十六なのだが――ヴァルガスの令嬢である。確かに素行は色々と令嬢離れしているものの、一人で外に出るなどあってはならない。攫われたり、変な男にでも出会ってしまったらどうするのか。
 ローデリヒさんに知れたら大変ですよと困ったように眉を寄せた菊に、アントーニョはにこにこ笑って頷き、知られなければ大丈夫ってことやなと門扉を開けてくれた。
「俺が言っておくから、探しに行ってきてええよ」
「えっ………ルートヴィッヒさんとギルベルトさんが外に出ておられるとお聞きしましたが」
「あいつら? ああ、あいつらなら向こうの、東の土地境まで行ったみたいやで」
 アントーニョが指差した方向には、ここからでは見えないが川があり、その向こうはカークランド家の所有である。土地の使用に問題が無いか見に行くのは、それはそれで土地の見回りとして大切な仕事だ。が、菊はため息を吐いた。近くにいるならフェリシアーノ捜索も頼めたというのに。
 心配する菊の顔を覗き込み、アントーニョは笑った。太陽が頂点に達する時のあの強い光のような笑みに菊は瞬きをする。
「大丈夫やって! あの子あれでも強いしな~。ほら、この前の舞踏会の! 聞いてるやろ?」
「いや、まあ、あれは…」
 言葉を濁して苦笑する菊に、あれは凄かったらしいわーとアントーニョはにこにこ笑うものの、あまり笑い事ではない。
 王侯貴族が揃う舞踏会で、フェリシアーノが東隣の領地の現領主と格闘したというのである。勿論舞踏会は普通に踊るだけの、あの舞踏会である。
 普段のほほんとしているフェリシアーノだがそういう時だけ根性があるのか、はたまた単に彼が嫌いなのか。両家だけの会ならまだましだが貴族達の目にはどう映ったのだろうか。ヴァルガスの領地の南境は王族の所有であり、印象が悪くなるのは何とか避けなければならない。ローデリヒが頭を抱えていたのを見るに菊も心配になった。