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FREC[夏コミ再録本より]

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「気を付けてな! 親分はどっちかっていうとフェリちゃんより菊の方が心配やわ~」
「あはは…」
 腑に落ちないままアントーニョに送り出されて菊は屋敷の敷地から外へ出た。畑の中の細い道を進み、少女の名を呼ぶ。
「フェリシアーノ様! どこにいらっしゃるんですかー!」
 色づき始めた穂が応えるように風になびいた。つい先日までは暑い夏がこの地にも留まっていたが、段々空の高さがわかるようになるとぐんと気温が落ちる。逃げるだけであまり遠出はしないとは思うが、彼女は良家のお嬢様の割に意外と体力がありまた、後先を考えない所がある。蝶々を追いかけてどこまでも行ってしまいそうなのだ。女の子が身体を冷やしては毒だろうに。
 菊は麦畑の中を通る道を足早に駆け抜けた。あちらこちらを見渡すものの、風にそよぐ麦の穂ばかりで第一に人がいない。収穫祭の準備が始まって町まで買い出しに行っている家も数多くある。ヴァルガスは代々ここの領主だがあまり民をこき使わないことで有名だったので町へ行く許可も案外簡単に出している。そう言えば買い出しにも行かなければならないのだったと菊は思い出し、今はそれどころではないと首を振った。
 大体お嬢様がいなくなったというのに皆対応が甘いような気がしてきた。ローデリヒとフランシスはともかく、外に行ったと事も無げに言って大して問題視しないのはどうなのだろうか。確かに彼女は後継ぎではないけれども婚約も無事に決まって大切な時期である。よく考えれば誘拐とかもあり得るのではないだろうか。
 ただし、言ってしまえばいつものこと。自分が心配性なだけならいいのだが。
 菊は服に隠れた胸元の金の鎖を、祈るように布の上から握りしめた。
「フェリシアーノ様!」
 菊の、その童顔からすると少し低めの声が麦畑に響いた。
 麦の穂を撫でるように声は駆け抜け、麦畑の一点ががさりっと音を立てて動いた。
 誰かいるのだろうかと菊が走り寄って覗き込むと、収穫前でまだ未成熟な麦の穂が秋空に舞った。
「菊ーっ!」
「わっ」
 勢いよく飛び出してきたものに抱きつかれ、菊はその場に後ろへ倒れ込む。そしてまた麦が舞った。視界が反転して空を見上げた菊は、にっこり可愛らしい笑顔に迎えられる。
「菊~!」
「フェリシアーノ様…心配したんですよ…!」
 菊に抱きついてえへへーと笑うのは、ヴァルガス家長女フェリシアーノ・ヴァルガスである。綺麗に梳かれた長い髪には麦の葉や土が付いており、ぴょんと一本跳ねあがった特徴的な前髪にも麦が付いている。上等なドレスもあちこち汚れていた。
 ああ、これは怒られる…と自分が怒られる訳でもないのに菊は脱力し、彼女に押し倒されている現状に気付いて慌てて身体を押し退けた。菊とていくら可愛らしい容姿だと言っても男だからそれくらいの力はある。
 フェリシアーノは離れたくないのかヴェーと鳴いたが、基本的に菊のことが大好きな彼女は彼の言うことには大体従う。ちなみに勉強とレッスンはその限りではない。
 菊は上体を起こし、少女の瞳を見つめた。
「ずっとこの辺りにいらしたんですか? お一人で出かけるのは危ないと、いつも…」
「一人じゃなかったよ?」
 ウィンク付きで微笑まれて菊は驚いた。やはり誰か手引きしていた者がいるのだろうか?
 そんな彼の心配をよそにフェリシアーノはまたぎゅっと菊に抱きついて、不思議な事を言った。
「菊とずっと一緒にいたよ~」
「え? 私ですか…?」
「うん! 菊の後ろを追いかけてきたの~」
 得意げに言うフェリシアーノに菊はえええと眼を剥いた。それは確かに見つからない筈である。
 呆れ声でよく他の人に見つかりませんでしたねと言えば、彼女はあまり無い胸を張った。
「ふっふっふ、菊と一緒にいるために頑張ったのであります!」
「それはそれは…じゃあ帰りましょうか」
 可愛い主人には敵わない。苦笑交じりに立ち上がろうとする菊にフェリシアーノは待つように言って、じっとその黒い双眸を見つめた。
 首を傾げる菊に、にっこり微笑む。
「あたし、菊のこと大好きだよ」
 次の瞬間端正な顔が近づいて、菊は真っ赤に顔を染めた。
 熟れた頬に小さなキスが落とされる。
「ふぇ、フェリシアーノ様っ!?」
「ヴェー、菊大好きー」
 そしてまたぎゅうぎゅう抱きついてくる少女に、菊は真っ赤になって離して下さいと懇願したものの、日が傾き始めるまで熱い抱擁は続いたのだった。



つづく