玉砕だけのアイラブユー
足音が完全に消えてから、平和島静雄はゆっくりと瞼を開いた。
頬を伝う血を乱暴に拭い、赤く染まった手の甲に舌を這わせる。
初めこそ味に眉を寄せていたが、今となっては何も考えずに作業を終わらせる事が出来た。
すでに出血が止まっている傷を、愛しげに撫でれば、釣られるように彼の口角は自然と上向く。
ベッドサイドに残った微かな温もりをなぞり、臨也が手を付いていた部分に、そっと自分のそれを重ねる。自分以外の体温は、瞬く間に己だけの温度へと変わってしまう。それが口惜しくて、手を置いていた部分に力を込めればバキン、と嫌な音が部屋に響いた。
臨也が残していった痕跡を、一つずつ確かめる。
臨也が手にした郵便物、洗濯物、無造作に冷蔵庫に詰めこまれた食品、それら全てに口付けしてから、ゴミ袋に詰め込んだ。明日の朝に、家の前に出して置けばいい。
チカチカと点灯しはじめた携帯電話を視界に入れる。
臨也が部屋に来た後は、いつもそうだ。臨也が眠るまでの間、何通も、何通も。時には何百通と届くメール。それら全てを開かずに、静雄はただ臨也が触れた携帯電話を愛おしげに撫であげた。
臨也が触れて、凝視した機械。それは勿論、静雄自身ではない。
「…、くそっ…!」
平和島静雄は、折原臨也を愛していた。
彼が触れた自分以外の物全てに、嫉妬するくらいには。
誰よりも臨也を見ている静雄は知っていた。
臨也の想いが、叶った瞬間に興味を失う類のモノだと。
だからこそ、彼は拒絶をし続ける。
臨也の痕跡全てを捨て、その想いが嫌で嫌で仕方がないといった態度を取る。
臨也の想いを維持する方法を、静雄はそれ以外知らなかった。
壊れそうなくらい重いこの感情を愛と呼ぶなら、
「ああっ、…ムカつくっ……!!!」
静雄は叫ぶ。
そして、盗聴器の向こうで臨也が笑ったような気がして、彼もまた唇を歪めるのだ。あらゆる感情が混じった、歪みきった、それでいて獣のような美しさを孕んだ頬笑みを。
部屋には、着信を告げる携帯電話の振動だけが
いつまでも、響いている。
玉砕だけのアイラブユー
(気付いているから、いつまで経っても平行線)
作品名:玉砕だけのアイラブユー 作家名:サキ