CigarKiss
GDとの抗争が落ち着いたといっても、仕事が楽になるというわけじゃない。
前みたいに緊張感のなか追われるように仕事をするという非常事態ではないけど、幹部のヤツらいつもだいたい忙しい。
自分たちのシマとシノギを見回り、さらに拡大させようと毎日忙しいそうに動き回っている。
俺といえば、別段自分のシノギを持ってる訳でもシマを持ってる訳でもないが、2代目カポになるということで、毎日嫌ってほど、花嫁修業ならぬ、カポ修行をしている。
役員の爺どもへの顔見せや帝王学の勉強、果てはマナーの勉強まで・・・元来めんどくさがりの俺は今もうすでにカポになることを喜んだ昔の俺を殴ってやりたい気分だった。
「はぁ・・・めんどくせぇ」
与えられた部屋でたまりに溜まったファイルの山を前にげんなりとため息をつく。
今日はこのファイルの山を一つなくすまでは帰れないらしい。今日もこの調子じゃ帰るのは夜中になりそうだな・・・。
ため息を吐きつつ、安物の煙草に取り出して口に咥える。
火をつけた瞬間ふと、顔が頭をよぎる。
「そーいや、このごろ会ってねぇなぁ・・・。」
煙草の煙を吸い大きく吐き出す。
キレイなアップルグリーンのウェーブした髪と同じ色をした瞳。
いつも俺には余裕綽々の微笑みを向けてるけど、眼鏡の奥に映る瞳に時々欲に濡れた色で俺を見ていることを俺は知ってる。そんな時にしてくるキスはいつも以上にしつこくて、あっという間に俺なんて腰が砕けちまう。
あいつの顔を思い出した瞬間、唇に触れるフィルターの感触と自分の指の感触にもぞくっと体が反応するを感じる。どんだけ欲求不満なんだ、俺。
「・・・俺もまだまだ若いねぇ」
苦笑いを浮かべつつ吸い終わった煙草を灰皿に捨てる。
その瞬間を見計らったように扉からコンコンと音が聞こえた。
「はいよー・・・空いてるから勝手にどーぞ?」
少しの間の後、ゆっくりと扉が開く。
中に入ってきたのは、ベルナルドの部下の2人だった。
どちらも表情は浮かない状態で、俺はなんだか嫌な予感を感じた。
「どーしたんだよ、いきなり?」
「いきなりの訪問、申し訳ございません。
少しジャンカルロ様にご相談させていただきたいことがありまして・・・」
「・・・ベルナルドになんかあったのか?」
2人の様子に不安が大きくなって、少し腰を浮かせながら尋ねる。
さすがに死んだとかそんなことはないと思うが、怪我をしたとかなら考えられる。
「いえ・・・ああ、でも、そうなる前にジャンカルロ様に止めていただきたいのですが・・・」
「・・・どういうことだよ?」
言いにくそうにしている2人からなんとか話を聞き出し俺は呆れた。
どうもベルナルドはここ数日間、徹夜しているらしい。
彼のお城である電気の玉座から一切離れず、仮眠すら玉座で取ってしまうらしい。
まぁ・・・ベルナルドが離れられない状態があったらしいので、仕方がないといえば仕方なかったようであるが、その事態もなんとか収まり、残りは部下の連中でも処理できる状態になっているらしい。それで部下から休んでくれと進言してもベルナルドは聞き入れずいまだに徹夜記録を更新しているらしい。
「でも、俺が言ったって聞かねぇかもしれねぇぜ?」
「いえ・・・ジャンカルロ様から言っていただければ大丈夫だと思います」
「そう?なら、まぁ・・・とりあえず行ってみるか」
「よろしくお願いします」
俺はベルナルドの部下を引き連れて、ベルナルドの部屋に向かう。
扉を開けて部屋に入った瞬間、煙草の煙に思わず息が詰まる。
窓も開けていない閉じた部屋で、部屋で仕事をしている部下は煙草を吸っていないのにここまで煙たいのは1人だけ吸っているヤツが原因であることを物語っている。
パカパカと機械みたいに煙草を吸いながら、次次と鳴り響く電話の応対を続けている。俺が部屋に入ってきたことも気づいていないようだ。
ベルナルドが煙草の火を消す灰皿はすでにいっぱいで山のように煙草の吸殻が溜まっていた。
ふと、口寂しくなって自分の唇に無意識に触れる。
それとなんだか非常にムカついた。・・・なんでだ?
「おい、ベルナルド!」
「・・・・・・ジャン。はい、本部。ああ、それなら・・・」
久しぶりに会った恋人に対してそれだけかよっ!
さすがに俺を見た瞬間、ベルナルドの表情が変わったのには気づいたけど、それでもすぐに鳴った電話を取るたぁ・・・どういうことだよ?
俺より電話の方が大切だってか!?
「なぁ・・・このままベルナルド部屋から連れ出しても良いわけ?」
「はい、できればそうしていただきたいくらいですので。」
「りょーかい」
少しだけムッとした俺は、もう一度電話が終わったベルナルドに声を掛ける。
「ベルナルド」
「やぁ・・・久しぶりだね、マイハニー」
「最近会ってないから、私のことなんて忘れちゃったのかと思ってたわ、ダーリン」
「そんなわけあるわけないだろ?ハニー」
いつもの軽口のように見せかけて、ほんの少し本音を混ぜる。
ベルナルドは気づいているのかいないのか、相変わらず分からないが、いつものように微笑みながら軽口で返してくる。
そんなベルナルドとの会話だけでなんとなく嬉しくなりながら本題を口にする。
「そう?だったら、今から私に付き合ってよ、ダーリン」
「・・・すまん、ジャン。俺はまだ・・・」
「コマンダンテ、ここはもう大丈夫ですから、お休みなさってください」
「しかし・・・」
まだ渋るか、このダメ親父。
なぜかイライラする自分の感情を持て余しつつ、俺は電話線を持ち上げベルナルドに声を掛ける。
「ベルナールド、これはお願いじゃなくて、2代目カポからの命令、な?
・・・聞かねぇと電話線引っこ抜くぞ」
「ジャン・・・」
最後に、にっこり笑ってやると俺がマジだと思ったのかベルナルドは大人しく休憩することにしたらしい。
ようやくその電気の玉座から腰を上げ、俺とともに今日はベルナルドの家に帰った。