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ひとりと、ひとつ

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彼が泣いているのを見たのは、ずいぶん一緒にいるつみりだった僕も初めてみた。めったに泣かない久々知くんのその涙が、彼の彼女への思いの強さを伝えていた。
僕は自分の存在が悲しくて仕方なかった。
僕は久々知くんをはげますことも、慰めることもできない。それどころか、彼がこんなに悲しんでいる原因は、僕にもあるのだ。
僕は初めて、心の底から、携帯電話という己の身を恨んだ。

彼女の電話からどれくらいの時間がたっただろうか?僕の元に、次々とメールが届いてきた。
彼の親友の尾浜くん、竹谷くん、鉢屋くんに、不破くん…。
『兵助を振るなんて、見る目のない女の子だね(-“-)兵助にはもっとお似合いの子がきっといるよ(*^_^*)』
『景気づけに、こんど飯おごってやるよ!元気出せ!』
『仕方ないから今度の休み、ナンパに付き合ってやってもいいぜ(^_^)v』
『兵助のよさを、もっとちゃんとわかってくれる子がいると思うよ!だからあまり落ち込まないでね!』
いつの間に知ったのだろうか?彼らのメールは失恋に落ち込んだ久々知くんを元気づけるものばかりだった。
久々知くんがメールに目を通す。最初は悲しそうに歪んでいたその顔が、徐々に柔らかいものになっていくのがわかる。
「あいつら…。」
まだ苦笑いだけど、ようやく久々知くんに笑顔が戻った。彼に、落ち込んだ時に支えてくれる友達がたくさんいて、本当に良かった。
そして、そんな友達からのエールを伝える手助けを自分ができたことが、なんだかすごく嬉しかった。

*************

僕と久々知くんが出会って、何年もの月日が流れた。出会った当初は最新機種だった僕も、新しいタイプの仲間たちの登場によって、今ではすっかり、古いタイプとなってしまっていた。
だから僕は怖かった。近いうちに、久々知くんが新しい携帯に機種変更して、僕は彼とお別れすることになるんじゃないかって。
「なぁ、兵助。」
「なんだ?勘右衛門」
お昼休み、ご飯を食べ終えた久々知くんとその親友の尾浜くんは、お互いの携帯をいじりつつ、会話していた。
「お前、その携帯、買い替えないのか?」
僕はドキッとした。僕が一番知りたくて、一番知りたくない質問だったからだ。
「言いにくいけど、その…その携帯選んだのって、あの元カノなんだろ?それで、嫌なこととか思い出すだろうし…。だいたいその携帯って、古い機種だし、いいかげん買い替えた方がいいんじゃないかなぁ…って。」
尾浜くんは、僕が聞きたくても聞けないことや、不安で仕方ないことを全部言ってくれた。僕はドキドキしつつ、久々知くんの答えを待つ。
「あの子のことはもういいって。とっくにふっきれたし、気にしてない。」
久々知くんの答えに、ひとまず胸をなでおろす。あれから久々知くんは、彼女を作ることはなかった。もしかしたらあの失恋が後引いてるのかと不安だったけど、本人の口から、はっきりと否定の言葉が聞けて、安心した。
安心している僕のすぐそばで、久々知くんは口を開く。
「それに俺な、モノとの出会いも、運命なんじゃないかって思ってるんだ。たとえ人からの勧めであれ、今この携帯を使ってるのは、きっとなにかの運命なんだと思う。だから俺は、その運命を大切にしたいと思う。たとえ古い機種になったとしても、この携帯を大切に使いつづけたいんだ。何度壊れても、何度も修理して。…まぁ、修理しても直らなくなった時は、仕方ないけどな。」
どこか照れたように話す久々知くんに、尾浜くんは、「へぇ〜、確かに兵助って、物持ちいいもんな!」なんて感心してた。
そんな時僕はというと、喜びと感動で、心が痛かった。きっと人間なら、ここで感動の涙を流せたんだろうけど、僕は携帯電話だからできない。流せない涙が、じりじりととどまり、胸を焦がした。
僕は携帯電話で、僕の恋する久々知くんは、人間で、その持ち主。僕の恋はこれまでも、これからも、きっと叶うことはないだろう。
それでも、久々知くんのあの言葉で、僕の思いはなんだか報われた気持ちになった。
僕の持ち主が、久々知くんでよかった。
久々知くんと出会えてよかった。
久々知くんを好きになって、本当によかった。
 

                      おわり
作品名:ひとりと、ひとつ 作家名:knt