恋のはじまり
「明日大学休みだから佐藤くんち行っていい?」
熱いままのフライパンに水を潜らせるとジュッといい音がした。完璧な炒飯の一丁上がり。お昼のピークも終わりを迎え、この時間にワグナリアに来るお客様は疎らである。
「…あー、いいけど今何もないな」
「ああ、いいよいいよ。帰りがけ何か買って待ってる」
「悪いな、鍵は後で渡す」
「よろしく~」
頷く代わりに空いた手をひらひらと返すと、出来立ての炒飯に手を差し延べていた彼とちょうど目があった。栗がかった黒髪の下の眼鏡の先には微妙な表情を携えている。
「突っ込んでいいか分かりませんが、それ、恋人の会話ですよ」
「ふふふ羨ましい?小鳥遊くん」
「いや全然、むしろ関わりたくないくらいです。興味はありますけど」
軽口とともに受けとった炒飯を背の低い種島さんに差し出すと、ありがとうーという元気のいい返事が返ってきた。どうやら手前に置きすぎてしまったようで、小鳥遊くんがさりげなくフォローに入ってくれたようだ。 ただしぱたぱたとお皿を持って駆けていく彼女を追う彼の目は今日も異端ぶりを発揮していた。可愛いなぁと呟くその姿はまごうことなく変質者のそれで、この店ではごく普通のことである。
「素直じゃないなぁ。伊波さんち教えてあげようか」
「送ってるんで知ってますよ…てなんで伊波さん」
知らないのは本人ばかり。ここ最近この関係も面白い。まぁ佐藤くんと轟さんの付き合いに勝る面白さはそうそうないから、俺の中ではこの二人はかなり上位ランキングである。相思相愛なのに気づかない、あまつさえ互いの特殊な体質により天敵だと思っている不憫さ。ああ、面白くてたまらない。
「さぁなんででしょう」
ニッコリと含みのある微笑みを返すと怪訝そうな瞳は尚更細く自分に向けられる。そこへ一際明るい声が滑り込み、場の雰囲気が一転した。
「はいはい!山田も行きますよ!楽しみです、佐藤さんち」
山田さんの弾んだ声に、俺の後ろの空気が淀むのを背中越しに感じたのでとりあえず曖昧に手を振って迎え入れる。
「おいこら待て」
「あ、山田さん。今日も神出鬼没だねぇ」
案の定、トーンがいくらか下がった彼の突っ込みに被せるようなタイミングで俺は彼女に声をかけた。くるくる変わる表情に、分かっているのかは知らないけど、場を掻き乱してくれる彼女の発言や行動力を俺は多大に評価してる。ああ、本当に山田さんがワグナリアに入ってきてくれて感謝している。俺が動かなくても最近は自然に面白い方向に展開が流れていくから毎日が楽しくてしょうがないし、彼女が可愛くて仕方ない。
「壁に山田あり天井にも山田ありですよ。どうですか、山田知的になりました」
「見せかけの知性はいらないから仕事覚えようなー山田。さっき託けた件は終わったのか」
彼女の発言にも的確に返しをいれていく小鳥遊くんは、流石対女性戦線をくぐり抜けてきただけあり、核心をずばり突いている。
「ああっ痛い痛い!虐待です小鳥遊さん」
頭をぐわしと掴まれた彼女が批難の声をあげるけれど、この店では比較的日常茶飯事の出来事だ。小鳥遊くんの横で煙草を燻らせて見ていた佐藤くんが煙草を一旦切り上げ、腕を捲った。
「よし、じゃあ俺は教育的指導をしてやろう」
長い前髪に隠れる不適な笑みに気付いたのか、はたまたいつもの展開を察したのか山田さんは涙目になりながら自分の身を守るために彼に対峙する姿勢をとる。
「ち、近づかないで下さい佐藤さん。今日は山田ミスしてないですよー」
「ほう、今日は雨か」
「ひどいです。山田の努力の結果を無下にするなんて…相馬さーん」
ぱたぱたと俺の元へ駆け寄ってくる彼女を受け入れながら、ついつい口から
「そうだね。今日はまだ食器持ってないもんね、山田さん」
とこの先の展開を期待してしまう発言が漏れてしまう。可愛い子ほど虐めたくなっちゃう俺の性癖ももう今更のことであるが、この発言に予想通り二人の男が反応する。
「へぇ、食器も片付けず今日はどんな仕事をしたんだ山田」
「研修のくせにいいご身分だなぁ山田」
「いやー小鳥遊さんたちが虐めますー!山田嫌がらせされてますー」
絶叫に似た叫びが店内をこだますると、この店の救世主…かつ破壊神でもあるチーフこと轟さんが駆け付けてきた。腰にはもちろん立派な刀を差しながら。
「あらあらダメよ、佐藤くん、小鳥遊くん。女の子を泣かせちゃ」
熱いままのフライパンに水を潜らせるとジュッといい音がした。完璧な炒飯の一丁上がり。お昼のピークも終わりを迎え、この時間にワグナリアに来るお客様は疎らである。
「…あー、いいけど今何もないな」
「ああ、いいよいいよ。帰りがけ何か買って待ってる」
「悪いな、鍵は後で渡す」
「よろしく~」
頷く代わりに空いた手をひらひらと返すと、出来立ての炒飯に手を差し延べていた彼とちょうど目があった。栗がかった黒髪の下の眼鏡の先には微妙な表情を携えている。
「突っ込んでいいか分かりませんが、それ、恋人の会話ですよ」
「ふふふ羨ましい?小鳥遊くん」
「いや全然、むしろ関わりたくないくらいです。興味はありますけど」
軽口とともに受けとった炒飯を背の低い種島さんに差し出すと、ありがとうーという元気のいい返事が返ってきた。どうやら手前に置きすぎてしまったようで、小鳥遊くんがさりげなくフォローに入ってくれたようだ。 ただしぱたぱたとお皿を持って駆けていく彼女を追う彼の目は今日も異端ぶりを発揮していた。可愛いなぁと呟くその姿はまごうことなく変質者のそれで、この店ではごく普通のことである。
「素直じゃないなぁ。伊波さんち教えてあげようか」
「送ってるんで知ってますよ…てなんで伊波さん」
知らないのは本人ばかり。ここ最近この関係も面白い。まぁ佐藤くんと轟さんの付き合いに勝る面白さはそうそうないから、俺の中ではこの二人はかなり上位ランキングである。相思相愛なのに気づかない、あまつさえ互いの特殊な体質により天敵だと思っている不憫さ。ああ、面白くてたまらない。
「さぁなんででしょう」
ニッコリと含みのある微笑みを返すと怪訝そうな瞳は尚更細く自分に向けられる。そこへ一際明るい声が滑り込み、場の雰囲気が一転した。
「はいはい!山田も行きますよ!楽しみです、佐藤さんち」
山田さんの弾んだ声に、俺の後ろの空気が淀むのを背中越しに感じたのでとりあえず曖昧に手を振って迎え入れる。
「おいこら待て」
「あ、山田さん。今日も神出鬼没だねぇ」
案の定、トーンがいくらか下がった彼の突っ込みに被せるようなタイミングで俺は彼女に声をかけた。くるくる変わる表情に、分かっているのかは知らないけど、場を掻き乱してくれる彼女の発言や行動力を俺は多大に評価してる。ああ、本当に山田さんがワグナリアに入ってきてくれて感謝している。俺が動かなくても最近は自然に面白い方向に展開が流れていくから毎日が楽しくてしょうがないし、彼女が可愛くて仕方ない。
「壁に山田あり天井にも山田ありですよ。どうですか、山田知的になりました」
「見せかけの知性はいらないから仕事覚えようなー山田。さっき託けた件は終わったのか」
彼女の発言にも的確に返しをいれていく小鳥遊くんは、流石対女性戦線をくぐり抜けてきただけあり、核心をずばり突いている。
「ああっ痛い痛い!虐待です小鳥遊さん」
頭をぐわしと掴まれた彼女が批難の声をあげるけれど、この店では比較的日常茶飯事の出来事だ。小鳥遊くんの横で煙草を燻らせて見ていた佐藤くんが煙草を一旦切り上げ、腕を捲った。
「よし、じゃあ俺は教育的指導をしてやろう」
長い前髪に隠れる不適な笑みに気付いたのか、はたまたいつもの展開を察したのか山田さんは涙目になりながら自分の身を守るために彼に対峙する姿勢をとる。
「ち、近づかないで下さい佐藤さん。今日は山田ミスしてないですよー」
「ほう、今日は雨か」
「ひどいです。山田の努力の結果を無下にするなんて…相馬さーん」
ぱたぱたと俺の元へ駆け寄ってくる彼女を受け入れながら、ついつい口から
「そうだね。今日はまだ食器持ってないもんね、山田さん」
とこの先の展開を期待してしまう発言が漏れてしまう。可愛い子ほど虐めたくなっちゃう俺の性癖ももう今更のことであるが、この発言に予想通り二人の男が反応する。
「へぇ、食器も片付けず今日はどんな仕事をしたんだ山田」
「研修のくせにいいご身分だなぁ山田」
「いやー小鳥遊さんたちが虐めますー!山田嫌がらせされてますー」
絶叫に似た叫びが店内をこだますると、この店の救世主…かつ破壊神でもあるチーフこと轟さんが駆け付けてきた。腰にはもちろん立派な刀を差しながら。
「あらあらダメよ、佐藤くん、小鳥遊くん。女の子を泣かせちゃ」