小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
出発して二時間。一行は、オルハが昨日テントをはっていた場所の近くに到着した。
ゴーグルで100メートルほど離れた所から様子を見る。こちらが調査に戻ってくる事を予想して、向こうが何か仕掛けてる可能性もあるだろうと考えての事だ。ぱっと見た感じでは特に不自然なものは見当たらないが、この状態ではなんとも言えない。
「しかし、聞いてみればなんだか不自然な話だな」
ランディが言いながら、オルハの隣で呟くように切り出した。道中、皆があまりにも極秘任務に触れないのに苛立ちを覚えたオルハが、全部喋ってしまっていたのである。もちろん信頼できるメンバーだからつい喋ってしまったのではあるが、あまり褒められた行いではない。
「でしょ。何か企んでるとしか思えない」
「まったくだ、裏がありそうだな……そろそろか」
ランディが、一歩踏み出して言った。
「みんなはここでちょっと待っててくれ、俺が先に行ってみる。何かあったとしても、面が割れてないし多少はトボケられるだろ?」
「うん分かった……気をつけてね」
ゆっくりとランディが歩き出す。鼻歌など歌いながら余裕なものだった。
「ランディ、大丈夫かな……」
「大丈夫。彼はやればできる子です」
心配そうなヴァルキリーに、オルハが何故か胸を張って答えた。
「ふーむ……」
僅かにだが、よくない臭いがする。オイルと、機械油……これは戦場の臭いだ。向こうもプロか?
「やっぱなんかいるな」
携帯端末から引っ張った胸元のマイクに、小声で言う。
「ランディこそ、無闇に突っ込んじゃダメだよ」
「分かってる。面倒は御免だからな。向こうの出方を待ってからだ」
冗談めかして言うオルハに、ランディは答えた。
向こうが先に手を出してくれれば正当防衛が通用するから、始末書も書かなくていいんだがな……などと彼は考えていた。どうせ毎回、過剰防衛で始末書を書く羽目になるのだが。
……残り、50メートル……。
ランディはやたらと乾く喉を抑えるために、唾液をゆっくりと飲み込んだ。さぁ、仕掛けてくるならいつでもきやがれ。
どう来る? そこの茂みから飛び出してくるか? それとも背後に回り込んで襲ってくるか?
その時突然、タァンと軽い音が聞こえた。
「!」
直後、ランディの上半身が弾かれたように揺れる。ライフルの狙撃音だ。それはランディのこめかみを寸分狂わず狙って撃たれている。繰り返し銃声が響き、着弾の反動でその長身が揺れ右に左にと操り人形のようにダンスを踊っていた。
「ランディ!!」
オルハが飛び出した。とっさに鋼爪と短銃を構えて、駆け寄る。
まずい、相手はプロだ。迷わずためらわず、相手の急所を的確に狙い最短の手数でチェックメイトを狙っている!
「来るな!」
ランディが叫ぶが、遅かった。オルハは倒れそうなランディの背中に両手を当てて、その体重を少しでも支えようとしている。
「馬鹿野郎……なんで出てきたんだ。お前が出てきたら意味がねぇだろ」
少し朦朧とした目で、ランディが絞り出すように言った。髪の隙間から血がしたたり落ち、幾筋かの赤い線が頬をつたっている。
「シールドラインのお陰で、これぐらいなら大丈夫だ」
確かに出血はしているが、皮膚が切れただけで深刻なダメージではないようだった。シールドラインが皮膚の表面で弾を止めてくれたのだ。フォトン技術を応用し、使用者の体表にシールドを展開する"シールドライン"は、荒事の多いガーディアンズには欠かせないものだった。
しかし、衝撃を完全に消せるわけではなく、それなりのダメージは受けている。何より、脳を揺らされたのが厳しく、ランディは少し茫然とした目つきでオルハを見る。
「でも、でもっ!」
「……分かった、心配してくれてありがとうよ。とにかく作戦変更だ。ブッ潰すぜ」
オルハがうなずいた。遠くでヴァルキリーが走り出しながら、杖を構えているのが見えた。
「あいつらは『確信』を得る前にぶっぱなしてきた。意味が分かるか?」
「奴らは、俺以外の人間じゃなくても同じ目にあわせていたという事だ。つまり、関係ない人間を殺しても気にしないぐらいヤバイ連中だ、奴らは」
赤く染まった唇をぺろりと舐めるランディを見て、オルハは息を飲んだ。
「気合入れて、行くぞ」
ランディは手甲を模したナノトランサーから、大斧を取りだす。彼の身長と同じか、それ以上はある得物だ。軽々と片手で掴んで引き出し、両手で構え直す。
「生きて帰れると思うなよ!」
まるで獣のように咆哮して、駆け出した。同時にいくつかの銃弾が彼を狙うが、前方に掲げた斧で弾かれてしまう。一発が顔をかすめるが、大した問題ではない。
見つけた。左前方。草むらに隠れるようにして、三人のキャストが中腰でライフルを構えている。
「うおおぉぉぉ!!」
そこへ、獣の一撃。
大きく振りかぶった斧を、右から左へと凪ぎ払う。ごうっ、っと一陣の風が吹いた。
三人の体が宙を舞う。想像を超えた一撃に耐えられる者は誰もいない。放り投げられた空き瓶のように、くるくると孤を描いてそのまま地面や木に叩きつけられた。
起き上がる者は、いない。
その光景を見て、ヴァルキリーはぞっとした。一撃で、三人? ビーストの怪力は話には聞いていたが、ここまで凄まじいものだったとは……!
「また始末書かな」
口から、すでにほとんど血液だけの唾液をぺっと吐いて、ランディは呟いた。
「ヴァル! 治してくれ!」
ヴァルキリーはその声に我に返る。
「う、うん!」
「オルハ! 右だ! 回り込め!」
「分かった!」
オルハの方に二人、両手にダガーを構えたキャストが立ち塞がる。
「生命を支えるフォトンよ。傷を癒して……レスタ!」
ヴァルキリーのテクニックで光の渦が三人を纏い、ランディの傷が癒えて血が止まる。さすがに流れた血液を補う事はできないが、これ以上の出血を防げただけでも充分大きい。
そしてオルハは立ち塞がる二人と向き合う。
「ボクを甘く見てると痛い目見るよっ」
短銃が火を吹いて、手前のキャストの足の甲を貫く。バランスを崩して前に傾いた時、顔面が衝撃を受けて火花を散らした。
オルハの鋼爪が、アッパーカットで顔を貫いていた。予想外の速さに、慌ててもう一人が前へ踏み出す。
「!?」
足元に違和感を感じた。何か堅い物を踏んだが、明らかに石ころなんかではない。ショックトラップだ。
バツン、と弾ける電流に体を貫かれた瞬間、衝撃で体が後ろに仰け反る。オルハの爪がみぞおちに深く突き刺さっていた。一人目へのアッパーと同時に、反対の手からトラップが投げられている事に気づいていなかったのが、彼の敗因だった。
「よわよわですね〜♪」
悪戯っぽく微笑んで、オルハは爪を引き抜いた。火花が散ってキャストが倒れる。
「オルハ! 左!」
ランディが叫びながら走る。ちょうど二人の中間地点ほどに、三人いる。
「どおおりゃぁぁぁっ!」
ランディが全体重をかけて体ごと飛び込んでゆく。前傾姿勢でのタックル。先頭の一人だけではなく、二人三人とその勢いに巻き込まれてゆく。
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚