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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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 ファビアとアナスタシアの、素直な感想だった。あまりにも場違いだ。言ってる事も意味が分からないし、会話が成り立つような気さえしない。面倒なので喋らせておこうと素直に思った。
「大変よくできましたぁ! ご褒美はないけど、これからも頑張ってね、ガーディアンさん!」
 ジャッキーが手をぶんぶん振りながら笑顔で言う。
「じゃ、また!」
「ちょっと待ってください。さっぱり話が見えませんわ。なぜわたくしたちを試すような事を? ここはローグスの拠点のひとつでは? 中に入ったキャストとビーストはどこに?」
 まとめるのも面倒なので、アナスタシアは浮かんだ疑問を全てぶつけた。最初からまともな答えなど期待してもいないので、言いたい放題言ったほうがまだ気が楽だと思えた。
「なに、興味があったから試したのだよ」
 意外にも、バーバラが口を開いた。
「ローグスの拠点……には違いないね、あんたたちから見れば。で、キャストとビーストの行方ね、教えられるわけないじゃない……っと。これで謎は全て解けたかね」
「……いいえ、まったく」
「だろうね。知る必要もない」
 ファビアはまずい、と思った。ただでさえイラついている状況でこのやりとりは。ちらりとアナスタシアの方を見ると、案の定目が据わり始めている……。
「ガーディアンを甘く見るとどうなるか……教えて差し上げますわっ!」
 アナスタシアが、キレた。両手にマシンガンを構え、即座に引き金を引く。激しい勢いで弾が吐き出され、二人に銃弾が降り注ぐ。バーバラは動く気配を見せない。代わりにジャッキーが咄嗟に飛び出し、両手を広げて盾になる。
 ファビアも杖を構えるが、あえて行動しなかった。アナスタシアが冷静さを欠いているこの状況で、無闇に動くのは得策ではないと判断して。
「……?」
 ファビアは不審に思う。マシンガンの弾が降り注ぐ中にいるにも関わらず、二人には動揺している気配がない。いくら覚悟を決めたのだとしても、銃弾の前に飛び出すのにはそれなりの心理的動揺が見られるはず。彼にはそれが見えない。弾は確実に命中しているのだが、そのような素振りすら見せていないのだ。
「……まさか」
 異変に、気付いた。
 フォトンの弾が、ジャッキーの体に当たった瞬間、消えていた。拡散している、と言った方が正しいかもしれない。フォトンが瞬間的に霧散している。
「まさか、そんな……マシンガンの弾が!?」
 ファビアが叫ぶ。気付いたアナスタシアは、すぐにマシンガンを放り捨て、両手にダガーを持って駆け出す。
「いやああぁぁぁっ!!」
 右手でまずは斬り降ろす。ジャッキーの脇をすり抜け、バーバラを狙おうと試みる。
「だめですよぉ!」
 ジャッキーが言いながら動いた。気にせずダガーを振り下ろす。
「……!」
 彼の左手が、ダガーを受け止めていた。しかもその腕は人間のものではなくなっていた。手首から指先まで30センチ以上の長さがあり、指先には鋭い爪。濃く長い、赤色の体毛が覆っている。それはまさしく、ビーストフォームをとったビーストの手だった。
 そして、フォトンによって作られた刃が、彼の手に触れた部分だけ拡散していた。
「な……っ!」
「バーバラさまに手を出すのはいけない事です! 反省してくださーい!」
 言うが早いか、彼の右手が振りかぶられた。わずかにアナスタシアの反応が遅れる。
「危ない!」
 咄嗟にファビアが炎を飛ばす。気づいたジャッキーが右手の方向を変え、炎の弾に手を突き出す。その炎もまた、受け止められたと思った瞬間、消えた。
「なっ……!?」
「ちょっと! 邪魔はいけませぇんっ!」
「もういいよ、ジャッキー」
 バーバラが一歩あゆみ出て、ジャッキーの肩を叩いて言う。
「え? バーバラさまどうして?」
「目的は達成したよ。撤収だ」
「あ、そっかー、うん! 僕もそう思う! 帰ろうバーバラさま!」
 アナスタシアは動けなかった。攻撃が効かなかったのもあるが、場を掌握されており勝てる気がまったくしない。
「まぁ、あんたらガーディアンズとはこれからいくらでも相まみえるだろうからね。また会おう、アナスタシア」
 バーバラとジャッキーは二人のわきを抜けて、歩き出す。平気で背を向け、まるでアナスタシアたちがいないかのように歩いてゆく。
 ファビアはアナスタシアとバーバラたちを交互に見てから、もう一度アナスタシアに視線を向けた。一見冷静だが、いやに青白い顔色で額に汗の玉を浮かべている。僅かに噛んだ下唇から、悔しさと焦りがにじみ出ていた。
 やがて彼女たちの姿が見えなくなってから、ファビアはゆっくり息を吐いて、立ち尽くすアナスタシアに声をかけた。
「……大丈夫ですか?」
「……勝てる気がしませんでしたわ」
 彼女は後悔していた。武器を無効にされてそれに対処する術を持たなかったこと、予想外の出来事で雰囲気に飲まれて一歩も動けなかったこと。
 何より、一番ショックだったのは、全てが向こうの思う通りだったという事。長い探索で疲弊させられ、その状況を全て把握されていた。掌で踊らされていたのだ。
 ガーディアンズの一員となって早5年。どんな任務もそつなくこなしてきた。その実績が早々と認められ、2年目からはすぐに指揮官に抜擢された。そのまま、この状態が続くのだとずっと思っていた。
 なのに……。
「……完敗ですわ」
「むしろ、去ってくれたのは良かったのかもしれません。今のままでは勝ち目が無かった。フォトンを無効化されては……まさか、フォトンを練り込んだテクニックまで無効化するとは……」
「ええ、今後のいい課題になりましたわ。戻って報告しましょう。まとめる事は数えきれないほどあります」
 頭の中で、バーバラの最後のセリフがぐるぐるとまわる。『これからいくらでも相まみえるだろうからね』とはどういう意味だ? これからガーディアンズをターゲットに何か仕掛けるつもりなのだろうか?
 ……そうだ。
 ……それより。
「……とにかく早く戻って休みましょう」
 ファビアは一歩踏み出しながら、アナスタシアが歩き出していないのに気づいて振り向いた。
「……? どうしたんです?」
 不思議に思ってファビアが振り向く。彼女は小さな右手で彼の服の裾を掴み、その手は小刻みに震えていた。
「ファビア、そういえば」
 アナスタシアは、思わずファビアに体重を預け、力なく寄りかかってしまっていた。
「さっき、わたくしの名前……一度も呼んでいませんわよね」
「……と思います」
 ……そうだ。
 最後にバーバラはなんと言った?

『また会おう、アナスタシア』

 ファビアも意味が分かったようだ。ハッとなって口をぱくつかせる。
「なぜ、あのバーバラという女は……」
「……!」
 先が読める時は、言葉の続きを聞きたくない時もある。
 ファビアは思ったが、同時に止める術も持たなかった。
 アナスタシアが、ゆっくりと口を開いて、こぼれるように言葉を発した。
「……なぜ……わたくしの名前を知っていたのでしょう?」