小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
「あいつら、かねもちのこなんだ。"びーすとはれっとうしゅぞくだ"っておやがいうんだって」
本当は泣きたいだろうに、少女は瞳に涙をためながらもファビアの目をじっと見上げる。歯を食いしばり噛み締めるように言葉を綴ってゆく姿に、ファビアはとても気丈な子だと思った。
しかし、こんなに小さいのに、劣等種族扱いとは……未だに、そんなくだらなくナンセンスな寓話を信じている愚か者がいるのか。
「きみ、名前は?」
「……ねい」
「ネイ……!?」
なんと、この子はビーストなのに伝承に残るニューマンと同じ名を持つのか……!
「……ネイ、おとうさんとおかあさんは?」
「ぱぱもままもしんだ」
「そうだったんですか……余計な事を聞いてしまってすいません。いいですか、ネイ。あなたの周りには、たくさん味方がいるということを忘れないでください。あなたは一人じゃありませんよ」
ネイは、まるで言葉の意味がよく分かっていないように少し首を傾げた。その瞳は遠くを見ているように見える。
「私、昔はいじめられっ子だったんです。体が弱かったんで」
「……そんなにすごいてくにっくをつかえるのに?」
「だから、頑張って覚えたんです。悔しかったから。とても大変でしたけど、頑張りました」
「どうして? つらいならやめればいいのに」
ファビアは瞳を閉じてからゆっくりとかぶりを振って、微笑みながら続ける。
「辛くはなかったです。両親もガーディアンで、いろいろと支えてくれましたから」
「……」
ネイは純粋な瞳でファビアを見続けている。
「……でも、ある日突然、いなくなってしまいました。たまの休暇にモトゥブの労働者解放運動に参加して……暴動に巻き込まれて……。その時から私は、一人でも頑張ろう、きっと頑張れるって決めたんです」
「……」
ネイは静かにファビアを見守っていた。ファビアはふと気づく。
頬を何かが伝う感触に。
「……?」
そう、自分が泣いている事に。
「……あれ、すいません。なんだか湿っぽい話になっちゃいましたね」
ハンカチを取り出して涙を拭う。昔の事を思い出して、ついつい感傷的になってしまった。しかもこんな年端のいかぬ少女の前で。冷静になると、全身を一気に羞恥心が駆け抜けてゆく。
不意に、ファビアの頭に何かが乗った感触が伝わった。ネイが、その小さな手を乗せたのだ。
「いいこいいこ。ままがよくしてくれたの」
「……ありがとう。ネイも、いいこいいこ」
微笑みながら、ファビアもネイの頭を撫で返す。
その時、ずっと仏頂面だったネイが、ふっと笑った。
心の底から気を許してくれた者にしか見せないであろう、屈託の無い笑顔。素直で純粋な精神を形にしたような笑顔だった。
ファビアは安心した。この子なら大丈夫だと。まっすぐに強く生きるだろうと。
「ありがとう、ネイ。私はもう行きますけど、頑張ってくださいね」
「え……? どこいくの?」
「ごめんなさい、約束があるんですよ」
ファビアの言葉が届いていないのか、ネイは口をぽかんと開けたまま、動かなかった。
それからたっぷり5秒は空白があってから、思い出したように口を開く。
「……ねえ、おじちゃん。なまえは?」
「ファビア。ファビア・アルティウスです」
「ねえふぁびあ、わたしもいっしょにいっていい?」
「残念ながら、ガーディアンズの任務は危険なんです」
ちょっと困ったような顔で眉をひそめながら、ファビアは言う。しかしネイは遠慮なく話し続ける。
「わたしがこどもだから?」
「大人でも危険な所なんです。連れていくわけにはいきません。……でも、ガーディアン研修生になる事はできます。それで十分な能力と経験を持つ事ができれば、ガーディアンズになれますよ」
微笑みながら、ファビアは立ち上がる。
「いつかガーディアンになりたい時が来たなら、是非研修を受けてみてください。歓迎しますよ」
「うん。わたし、がーでぃあんになる!」
「待っていますよ」
ファビアは微笑んで手を振りながら歩き出す。ネイは納得がいかないのか、両の拳を胸の前で握ったまま、じっとファビアを見ている。
「じゃあ、また会いましょう、ネイ」
その反応を不思議には思ったが、気づけば時間があまりない。ファビアは踵を返して支部へと歩き出す。
その後ろ姿を、ネイはただじっと見ていた。
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚