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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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 受信したデータに目を通しながら、ファビアは端末の画面を叩く。ついでに、ゴーヴァ鉱山についても後で少し調べておこう。
「……そういえば、アナスタシアは?」
 ふと疑問に思って、ファビアは聞いた。昨日の帰り道、アナスタシアは一言も喋らなかった。ここしばらく、アナスタシアの部隊に加わる事が日常になっていたので、彼女の事が心から心配だったのだ。
「アナスタシアは、今日からメンテナンスを理由に休暇届けが出ています」
「ああ……モトゥブのあの環境では……」
 ため息をつきながら答える。任務の終盤では明らかに疲れていたし、何よりあのショッキングな出来事だ。しばらくゆっくり休んだ方がいいだろう、と思った。
 また落ち着いたら、ゆっくり飲みにゆけばいい。ファビアはミーナに軽く手を振りながら、フライヤーベースへと歩き出した。

「さて……」
 ファビアは腰に右手を当て、川の流れを見つめていた。
 ニューデイズに降り立って、とりあえずガーディアンズ支部に向かいオルハの情報を聞いたが運悪く今朝出掛たばかりで、戻りの予定も不明だという。
 だが、午後から教団に派遣されているガーディアンたちと会えるよう約束を取り付ける事ができた。しかし教団に面が割れるのは論外だし、ガーディアンたちに任務の事を悟られてもまずい。確かに面倒ではあるが、少しでも情報を得たいのであえてリスクを犯す事を選んで、午後一番に会う事にしたのだ。
 時計を見ると、まだ11時を少し過ぎたばかりだ。約束の時間までは、まだ1時間近く時間がある。
 ……まあ、たまにはこういう時間もいいだろう。
 そう思って、ファビアは気ままに歩き出した。

 オウトクシティは活発だ。そもそもこの街は川沿いに発展しているわけだが、それにはさまざまな利点がある。上流で切り出した木材や物資を運搬しやすいとか、万が一戦場になった場合に地の利を得やすいとか、漁業や農業が盛んという所で、街が発展しない方がおかしいとさえ言えた。
 そんなわけで街の周辺は広い範囲で発展しており、繁華街が数多くあった。ファビアはその中のひとつである"シルバースウィート商店街"なる所に来ていた。わりといろいろな所で見かける名前だが、理由はよく分からない。
 商店街は下町で、貧困層の居住区に近いらしく上品では無かったが活気があった。通りの両側には木の質感を生かした店が立ち並び、市民たちが生活の品々を買い出しに来ている。人の往来も多く、店員たちの客引きの声が響く。
「新鮮な魚、今朝取れたての魚だよ〜!」
「さ〜、見てってね〜! 新鮮な野菜だよ〜!」
「今ならもう一個オマケするよ! さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
 オウトクシティにもこんな場所があったのかと、今更ながら驚いた。ファビア自身は西の方で生まれ育ったので、オウトクシティはあまり馴染みが無い。
 ついでだし、少し早い昼食を取る事にした。露店を物色していると、西側の名産でもある水で溶いた粉に肉や野菜を混ぜて焼いた食べ物があったので、それを買ってベンチに腰を降ろした。
「まいどおーきにー!」
 地元で食べるものとは随分違ったが、それも風情だという事で辺りを見渡しながらかぶりつく。
「……?」
 ふと、ファビアは視線を後ろに向けた。ベンチの裏には、5メートル四方ほどの小さな公園があった。公園というほど立派なものではなく、ただの空き地に無理やり砂場をつけたような程度のものである。
 ファビアが視線を向けたのは、そこから聞こえてくる子供たちの声の内容だった。
「やーいやーい!」
「ここはニューマンの星だぞー! ビーストはモトゥブに帰れー!」
 見ると、ニューマンの子供たちが三人、ビーストの子供を取り囲み、罵声を浴びせていた。
「悔しかったらなのぶらすとしてみろよ!」
(……懐かしい光景ですねぇ)
 ゆっくりと息を吐いてからファビアは立ち上がり、子供たちへと近づいてゆく。
「こんにちは」
 その声に子供たちが一斉に振り向く。いじめっ子たちは「しまった」という顔だが、ガキ大将っぽく体格の良い一人はふんぞりかえったままだ。
 からかわれていたビーストが涙をためた瞳で振り向く。
 遠目には分からなかったが、女の子だった。身につけたワンピースは汚れていて世辞にも綺麗とは言えなかったが、肩口まであるつやを放つ赤褐色の髪が女性を主張している。
「種族が違っても、仲良くしましょうよ」
「な、なんだよおまえ!」
 子供の一人が噛みついた。ニューマンらしい細身の体に尖った口で反論する。
「関係ないだろ!」
「関係なくもないですよ。私も見ての通り体が弱いので、子供の時はよくいじめられたものです」
 少し照れたように頭をかきながら、ファビアは言った。
「だからなんなんだよ」
 ガキ大将が言った。大きな体に短く刈りあげた髪と、ニューマンらしくない。
「だから放っておけないんですよ。ニューマンだとか、ビーストだとかどうでもいいじゃないですか? みんな仲良くやりましょうよ」
「いけ、お前ら!」
 ガキ大将がファビアを指さして言い放った。
「え、ええっ? 相手は大人だよ」
「何ビビッってんだ。向こうは一人だぞ!」
「そ、そうだけど」
 ファビアは瞳を閉じて申し訳なさそうな顔で、頭を掻いた。
 ……あまり手荒な真似はしたくないんですが、脅かすぐらいなら。
「いけ! やれおまえら!」
 ガキ大将の号令で、二人が走り出してきた。
「うおー!」
「うりゃー!」
「氷を生み出す力を我に……」
 ナノトランサーから小さなウォンド――長さ1メートル未満の、片手で扱う杖――を取り出し、振りかざすとゆっくりと冷気を纏い始める。下から上へと振り上げると、氷のつぶてが、孤を描いて散らばってゆく。
「わっ」
 子供たちは慌ててダッシュにブレーキをかける。
「……ダム・バータ!」
 次の瞬間、つぶてたちが急速に肥大したかと思うと、巨大な氷塊を形作る。あっという間にまるで地面から突き出した壁のように、子供たちの前に立ちはだかった。
「……!」
「心配しなくても、ひどい目にあわせたりはしませんよ。でも、人を傷つけるという事は、自分も傷つくという事を覚悟しなければいけません。それは分かりますね?」
 ファビアは微笑んだ。子供たちは引きつった顔でガクガクと首を縦に揺らす。
「だからみんな、仲良くしましょうね?」
 固定していたフォトンが解放され、空気に溶けるようにして氷が消えてゆく。それはとても幻想的な光景だった。
「きょうは、これでかんべんしといてやる!」
 ガキ大将が、いきなり言って走り出した。というか、背を向けて逃げ出したと言うほうが正しい。
「ちょ、ちょっと! ボス!」
 残りの二人が慌てて追いかけてゆく。
 その微笑ましい光景を目を細めて見つめながら、ファビアは微笑んだ。
「さて……大丈夫ですか? 怪我は?」
 ファビアは振り返って、ビーストの子供を立たせてあげてから服の汚れを手で払ってやる。身長は130センチぐらい。10歳前後だろうか?
「どこも……いたくない」
 少女は憮然とした顔でしぼりだすように言った。
「それは良かった。大変な目にあったね」
「いつものことだもん」
「いつもの?」