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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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 男が冷たい目で見下ろしながら言った。そしてそのまま、まるでランディに興味を無くしたように、ぷいと振り向いてビーストたちの方へ向かう。
「……なんだこれ」
 ランディはぽかんと呆けた顔で、それを見送っていた。
 鋼拳を見てみると、何事もなかったかのようにフォトンに包まれている。
「うがあああぁぁ……」
 突然、まわりのビーストの一人がナノブラストを解き放った。
「きゃはは! そうこなくっちゃね☆」
 男はいやにうれしそうに、けらけら笑って、突進してくるビーストと向き合う。そしてそのまま、長いリーチを生かして先制の一撃。左から放たれたフックがビーストのこめかみを激しく殴打する。続けて右フックが、よろめいた所を反対側から叩く。
 ビーストは衝撃に耐えられず、横にふっ飛んで転倒した。
「ねぇランディ! どうなってるの?」
「……俺が知りてぇ」
 息を切らせて駆け付けたヴァルキリーの声に、呟くように答えた。
 ふと見れば、眼前に広がるのは、とにかくひどい状況だった。地面に倒れるビーストたちは、明らかに全員が絶命していた。ひどいものになると、胸部をずたずたに切り裂かれた者、両肩から腕がもげている者、腰から二つにちぎれている者……。
「うっ! ……ううっ」
 その惨劇に気づいたヴァルキリーは、目をそらして口を覆い、茂みに駆け込んでしゃがみこんだ。
「……おいおい、なんだこりゃ。どうなってんだよ」
 その目の前で、ビーストフォームを取った者が、男の鋭い爪で首をはねられた。大量の血が噴き出し、ランディの体にばしゃっと浴びせられる。
「よくわかんねぇ。何やってんだよ、やめろ」
 思いつくままに呟いて、崩れそうな膝をなんとか繋ぎとめる。
 やめてくれ……嫌な記憶を思い出させないでくれ……。
 同盟軍の兵士たちの無差別虐殺……飛び交う銃弾……フォトンの刃に築かれる死体。
 仲間たちの、死体……。
「うお……おおおおおっ」
 ざわ、と空気の流れが変わった。
 周りの空気が全て、ランディを中心として回り、動き、集まってゆく。
 体がまばゆい光を放つ。集まったフォトンが光を放っているのだ。発光が落ち着くと、その中に体長3メートル近くはある、赤い髪と肌の破壊の化身が、立っていた。
 ランディは今、まさしく本物の獣の姿を取った。
「こんな姿には、なりたくねえんだがな……!」
 独りごちながら、巨体が飛んだ。
 目的はもちろん、金髪の男だ。体重を乗せた拳をふりかぶって、男に殴りかかる。
「やめろつってんだろうが!」
「?」
 男は目の前に惨劇に興じていて、反応がわずかに遅れた。振り向くと、視界いっぱいに巨体があった。
 ごずん、と鈍い音が響いた。
 ランディの右の拳が、男の鼻柱にめりこむ。男の首が強大な力に跳ね飛ばされて後ろへぐわんと傾き、そのまま体も後ろへとふっ飛ぶ。
「うらああぁぁぁ!」
 着地してすぐ、ランディもその勢いを乗せて再度飛ぶ。男が地面に落ちるか落ちないかの瞬間、体重を乗せた右足で顔面を踏みつける。ずぅんと地面が揺れ、男の頭はかかとと地面のサンドイッチになる。
「! こっ……このぉっ!」
 男がとっさに、ランディの右足を取る。素早く両手で抱きこみ、体を左にひねりながら力を加えてゆく。ランディの足に、関節が曲がらない方向に力が入る。膝を折って逃げる事はできない、そのまま力にまかせて体が倒される。受け身も取れず、孤を描いて横倒しに地面に叩きつけられた。
「ぐ……!」
 だが、うめいたのはランディではなかった。
 男の二の腕の肉が、削がれて激しく流血していた。
 ランディの左手には、血だらけの肉片が握られている。そう、投げられながらもとっさに男の左腕を掴んでむしり取ったのだ。
「……!」
 言葉も出ないまま、ヴァルキリーは口をぽかんと開けてそれを見ていた。
 ビーストフォームは理性を失い、動作も緩慢になり、本能のままに全てを破壊すると聞いている。
 ……それは嘘だ。
 恐ろしい、それ以外の言葉が出ない。
 こんなハイレベルの戦いを、あの筋力で実行されるのだ。これを脅威と呼ばずしてなんと呼べばいいか、彼女にはわからなかった。
 ただ、恐ろしかった。
「ふふ……僕にダメージを与えるとは……やるじゃないですかぁ」
 男もまた、意気揚々とした目で上体を起こす。
「今はイニシアチブを取らせたけど、そうはいかないよ!」
「うらああぁぁ!」
 立ち上がりかけた男の顔面を狙った、サッカーボールキック。男は右へと体を一回転させてかわす。そしてそのまま中腰で左足にタックル。転倒させようと試みる。
 膝に絡んだと思った瞬間、膝が顔面を打つ。
「! 読まれた!?」
 男も負けてはいない。それにひるまず中腰のまま、右へと抜けながら右からのフック。無防備な膝の裏に、長い爪が突き刺さった。
「!」
「これからですよぉ!」
 ランディの巨体がぐらりと揺れた。今のダメージで、左足の力が弱っている。
 男はためらわず、今度は左手をがら空きの脇腹に突き刺す。
「ぐああぁっ!」
 たまらずランディは叫んだ。爪が、15センチほども差し込まれていた。運が悪ければ内蔵にまで達しているかもしれない。
「ランディ!」
 ヴァルキリーは思わず叫んでいた。ビーストフォームの鋼の筋肉を、こうやすやすと貫かれるとは。
「まだまだっ」
 男はそのまま、左手を伸ばしたまま右手を後ろに引いた。
「反省しなさぁいっ!」
 爪が、ランディの背中を裂いた。赤い血が飛び散る。そしてそのまま二発、三発と素早く切りつける。その姿は、まるで料理人が手に持った食材を包丁で加工するような、そんな鮮やかな手つきだった。
「ぐあ……!」
「まだまだいきますよぉっ」
 爪の速度がどんどん早くなる。すでに、ヴァルキリーの眼では見えない速度になっていた。
「あ……ああっ、ランディ!」
 あっけに取られていたヴァルキリーが我に返ったかのように、叫びながら長杖を掲げて詠唱を始める。
「生命を支えるフォトンよ。傷を癒して……レスタ!」
 まばゆい光がランディを包むも、傷はあまりふさがらない。傷が深すぎて、怪我というよりも部分損傷と言った方が正しい。傷が塞がろうとする速度より、傷つけられる速度の方が早いのだ。
「これならっ……生命よ、活性化しその形を取り戻せ……」
 高く掲げた杖にフォトンが集まる。
「ギ・レスタ!」
 テクニックが完成した。杖がフォトンのまばゆい光を放っている。
 次の瞬間、ヴァルキリーの手から長杖がぽろり、とこぼれ落ちた。集まったフォトンがすぐに拡散してゆく。
 こぼれ落ちた杖が地面に落ち跳ねて踊ったが、彼女は振り上げた腕をそのままに、動けなかった。
「……あれ?」
 ヴァルキリーは、現状を把握するのに少し戸惑った。
 2メートルほど先にいる金髪の男。
 伸ばされた右手。
 その右手の爪が、自分の胸に深く突き刺さっている事に。
「ねぇ君、うるさいよ?」
 不機嫌そうに、男は眉をひそめて言葉を吐き出す。
「……な……っ……?」