小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
ヴァルキリーの足が、ゆっくりと力をなくしその場に膝をつく。無意味に辺りを見回してから、震える手で胸に触れる。赤い血液に染まった両手を眼前に持ってきて、やっと事態を理解する。さあっと顔の血の気が引いていった。
「ヴァル!」
ランディの叫びは届かない。
「これ……わた……し……?」
ヴァルキリーはへなへなと尻もちをついた。ぐらんと首が後ろに傾いて、眼球がぐるんと上を見た。そのまま後ろにゆっくりと、まるでスローモーションのように傾いてゆき地面に倒れる。胸から赤い血液が吹き出し、地面へとこぼれて、赤い海が広がっていった。
「あぁ〜嫌なものを刺しちゃった。僕、女って嫌いなんだよね」
言いながら男は右手を振って血を払う。
「て……てめえ……!」
「そもそも、君ら誰? 邪魔をするから僕がこんな事しなきゃいけないんじゃないですかぁ」
言って、男は右足でランディの体を蹴りつける。その勢いで左手を引いて、体から爪を引き抜いた。支える力がなくなったランディは、その場に倒れこむ。地面にうつぶせに突っ込んで、顔を地面にしこたまぶつけた。
すぐに体が光に包まれ、ビーストフォームが解けてゆく。噴き出した血液で服はすぐに赤く染まってゆく。
「せっかく、模擬戦ができるほどのいい素体ができたのにぃ」
「模擬戦……? 素体……??」
地面につっぷしたまま、呟くように疑問符を投げかける。
「そっ☆ 高い能力のビーストを作るのは、なかなか難しいんだよっ」
言って、男は爪をひゅんと振りかざし、眼前で交差させた。
「さて、もうお喋りはおしまい。これで終わりにしますよぉ!」
「……てめえ、……っ……名前を……教えやがれ」
ランディが咳込む喉を抑えつつ、聞いた。
「僕はジャッキー。君は確か……ランディって呼ばれてたよね。残念、とても好みなんだけど……せめて、苦まないようにイカせてあげる☆」
「……ほざいてろ」
ジャッキーが一歩、前に踏み出した。
その瞬間。
どぅん、と爆音が響いた。右足に激痛が走る。
ジャッキーの目の前が土埃に包まれ、何も見えなくなる。
「トラップ!? 何時の間に……! もがっ」
「……ビーストフォームが解けた瞬間だ、フォトン光を使った、ちょっとした手品さ」
埃の向こうから聞こえるランディの声。
そして、伸びてきた右手に突っ込まれた、この円形の物体は……?
「焼き具合はどのぐらいが好みだい?」
言った瞬間、トラップは爆発した。ジャッキーの頭部が炎に包まれる。
「ひぃぃぃぃ! 顔が! 僕の顔がぁ!!」
「生憎だがお客様、貴様にはウェルダンがお似合いだ。燃えちまいなッ!」
ランディは言い放ってその体を蹴りつける。よろめいたのを確認してから血だらけの唾を吐き捨て、腕が燃えているのにも構わずヴァルキリーに駆け寄った。
……大丈夫だ、息はある。だが、傷はかなり深いかもしれない……。
素早く地面に転がって腕の炎を消してから、そのまま左手にヴァルキリーを抱えると、一目散に走り出した。
「ち……全身ズタボロだわ火傷は負うわ……」
何度か後ろを振り向きながら、ランディは独りごちる。
ジャッキーは目隠しされた子供のように、ふらふらとよたつきながらもがいていた。あんな状態なら逃げ切るのは容易だろう。向うが実戦慣れしていなかったのが不幸中の幸いだった。
「くっ……支部までもってくれよ……」
ランディは大量の失血でかすむ視界の中、指先ほどの小さな瓶を取り出し、ヴァルキリーに飲ませる。
これは"トリメイト"という身体組織の再生能力を極限まで高める薬で、傷の治癒速度を極端に高める事ができる。だがもし、ヴァルキリーの傷が心臓まで届いていたら……再生速度を高めても追いつかない。血圧の勢いは少し再生した皮膚などすぐに破ってしまい、治る速度と相殺してしまうだろう。
しかし、シティに着くまでに生きてさえいれば、ガーディアンズの救護班で適切な処置を受ける事ができる……そう考えながらピルケースをひっくり返して、自分の分を取り出そうとした。彼の傷もまた、体に伝わる痛みから内臓に達しているのは明白だったから。
だが、ピルケースを逆さにしても、中から何も出てこない。疑問に思って中を覗き込んで、ランディは大きなため息をついた。
「ラスト一個かよ……ほんとにガーディアンズは人使いが荒いぜ」
ランディは額を伝う血を拭いながら毒づく。赤い足跡を残しながら、とにかく走り続けた……。
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚