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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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「あはは、きっと無いよ。やつら緊張感ゼロだったから、奇襲すればきっと一網打尽。だから負けない!」
「なるほど……」
 ファビアは少しだけ考えて、
「イチコ、やつらの後ろにまわりこんで退路をふさいでもらえますか?」
「え、私?」
 イチコが驚いて瞬き、自分の顔を指さす。ファビアは微笑んだまま、ゆっくりと話を続ける。
「長剣使いのあなたなら、強力な打撃を叩き込めます。それは、相手に心理的なインパクトを与え、退却しにくさを覚えさせられます」
「ファビア、それは危険だとボクは思うよ」
 オルハが慌てて間に入る。
「確かに言ってる事は分かるけど……ニューマンのイチコ一人にまかせるのって、ちょっと大変だと思う」
 オルハの言う事ももっともだった。ニューマンはテクニックの素養には長けているが、肉弾戦に必要な筋力や体力は、持ち合わせていない。
「うん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫」
「でも……」
「だって、あくまで足止めだもん。深入りする必要はないし、危なくなったら逃げるから大丈夫」
 絞り出すようなオルハの声に、イチコはあっけらかんと答える。
「ありがとうございます。では、相手がまごついている間に私たちが近づきます」
「うん、分かった。じゃあ、行ってくるね」
 イチコは笑顔で言って、草むらに飛び込んでゆく。
「……さて、しばらく様子を見ましょうか」
 言ってファビアは腰に手を当て、後ろを振り返った。
「うん」
 オルハも腕を組んで、同じ方向を見る。
「大丈夫、イチコは強いから」
「はい。信じていますよ」
 ファビアが目を細めて、優しく言った。

 そっと、イチコが草むらから顔を出した。尾行している二人は緊張感無く、だらだらと歩いている。こちらに気づいてる様子はもちろん、無い。
「よし」
 小声で呟いて、イチコはさらに後ろへと回り込む。街へ繋がる道を塞げば、彼らの退路を完全に断つ事ができる。
 背後10メートルほどに回り込み、イチコはゆっくりと息を吸った。
 ナノトランサーに手をやり、愛用の長剣を取り出す。剣身2メートルはあり、身長150センチも無いイチコには、大きすぎる獲物に見えた。
「……準備よし。頑張れ、私!」
 ざっ、と草を踏み分ける音が響いた。男たちがはっとなって振り向く。すかさずイチコは走って距離を詰める。
 両手で柄をしっかり握りしめると、頭上でぶんと振り回してから、眼前に振り降ろして構えた。
「なんで尾行してるの?」
「ち……どういう事だ」
 パルム製の服に身を包んだ細身の男が、イチコと前方を見比べながら呟いた。はるか遠くではあるが、ファビアとオルハがこちらに駆けて来ているのが見える。
「ええいっ!」
 イチコが仕掛けた。左足を大きく一歩踏み出し、剣を上へと振り上げる。だんっ、と地面を踏み込みながら、右上から剣を振り降ろす。目の前でごうっと風を切る音が聞こえて、刃が空を切る。男たちは慌てて後ろに飛びのき、「うおっ」と洩らした。
「これは……ひ弱なニューマンが、あえて長剣を選ぶか」
 モトゥブ服の男が言いながら、爪を取り出して両手に着ける。
「……おおかた、重力と遠心力を利用してるんだろう。それが我々に通用するとは……思わん事だ」
 パルム服の男が呟いて、短銃を両手に持った。
 どうやら、コンビネーションが売りの二人のようだ。爪男が前衛で目標と戦い、影から銃男がサポートするのだろう。正直、ぞっとしなかった。こちらは重みで打撃力を高める武器で、当たれば大きいが隙は大きい。相性がいい相手だとは思えなかった。
 やたらと乾く口内を潤すためにゆっくりと唾を飲み、柄を握り直した。
 ……ほんの数分だ。この壁は守り切ってみせる!
「ああああぁぁぁぁっ!!」
 発する声を気合にして、一歩踏み出した。狙うは、爪の男。奴さえ打ち倒せば、銃のみの男はなんとかできる。爪を構える男に、走って隣接した。
「このッ」
 双短銃が火を吹いた。さすがに素早く動く標的を射止めるのは容易ではない。二発の青い銃弾が空を切り裂いたが、イチコに当たったのは一発。肩をかすめただけだ。シールドラインがダメージを緩和してくれ、しもやけのようにちりっと痛むにすぎない。
 氷属性を帯びたフォトンをこめた銃弾は、直撃すると最悪身体を凍結させる可能性がある。だが、そんなことで攻めあぐねている場合じゃない。
 距離は充分。長剣の間合いだ。ぐんっ、とのけぞるほどに剣を振り上げる。
「はああぁぁあっ!」
 そのまま大きく、まっすぐに前へと振り降ろす。直後に大きく飛び、剣の遠心力にまかせて体を前方回転させる。空中で回転しながら剣を振り回すその動きは、まさしく旋風と呼ぶにふさわしい。
 爪男がとっさに両手で体をかばう。甲で剣を横にそらせ、かろうじて直撃をまぬがれる。だが、剣の勢いはその程度で止まるはずがない。初撃は防御した腕を切り裂き、そのまま一回転。着地はせず地面を蹴って、その勢いでもう一撃を叩きつける。
「ぐっ」
 なんとか爪ではじこうとようとするものの、その重い一撃を完全に止める事はできない。その打撃の重さが足に来てわずかにふらつく。
 銃男も相棒にあまりに密接しているため、誤射を恐れて撃つ事ができない。それを確かめてから、地面に着いた足でもう一度飛ぶ。空中で勢いにまかせて前方回転して、その勢いのままもう一撃を叩き込む。
「うお……おおっ!」
 爪男が眼前で両腕を交差させる。がきぃんと激しい音が響いて、剣の勢いを逃がす。剣は地面につき刺さり草と土が吹き飛んだ。
 そのまま着地してすぐ、ひるんだ男のがら空きの腹部を蹴りつけ、その勢いを利用して剣を戻す。
「……マジかよ。あんな正面から突っ込んでくるか、普通?」
 銃男が驚愕した表情で呟いていたが、そんな事は気にしない。爪男がよろめいた所に、剣先を向けてまっすぐに突く。男はそれを爪で下から叩きつけて軌道をそらす。
「なるほど、確かに身の軽いニューマンならではの技……あえて振り回されるのを制御し、戦術に組み込むか……」
 爪男が体制を戻しながら、舌打ちの後に言った。
「ケガする前に降参した方がいいよ!」
 イチコは剣を上段に構え、不敵な笑みを浮かべて言う。
 ちらりとファビアたちの方を見る。到着まであと1分もかからないだろう、勝負はほぼ見えた。
「ハッ、勝つのは俺たちだぜ!」
 銃男の銃が火を吹いた。一瞬の油断をついて銃弾がイチコを襲う。
 とっさに持った長剣の影に体を隠し、一発の銃弾が剣身ではじけたが、もう一発は脛に当たる。凍りつく激痛が足に広がってゆく。表面がわずかに凍りつき、力を奪われてゆく。
「くっ……!」
 上半身へはオトリで、最初から足狙いで動きを封じにきた、というわけだ。なるほど理にかなっている。
「しゃああぁぁっ!」
 その攻撃に連携して、爪男が飛んだ。
 両手を左右に大きく広げ、上体をそらす。そのまま地面を蹴り、頭上から襲い掛かる。そして両手をX字の形で前から振り降ろす。その様はまるで死の抱擁を与えようとしているかのようだ。
「!」
 イチコは咄嗟に反応する。
 ――早い!