小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
だが、こちらも負けてはいられない。剣を上段へ振り上げ、その重みを乗せて振り降ろす。素早く振られた剣は、男の手と体の間に滑り込む。
「うああっ!」
長剣が激しく男の顔面を打ち、ごつっ、と激しく骨を打つ音がした。額が割れ、赤い血が噴き出してイチコの顔にかかる。刃が顔を切り裂き、縦に一文字の傷がざっくりと刻まれる。傷は明らかに頭蓋骨まで達するほどの深さである事は間違いない。
爪男はそのまま吹き飛ばされ、地面に不様に落ちる。
「ぐぅっ……!」
だが、X字に切り裂く爪がイチコの体を同時に引き裂いていた。左の肩口から右胸へ、右胸から左の脇腹へ。シールドラインの防護を引き裂いて、上着どころかアンダースーツまでも切り裂き、皮膚への傷を深く刻む。
「ははッ! もらったぁ!」
動きが一瞬止まったのを銃男は見逃さない。二発の銃弾が飛び、一発はイチコの右腕へ、もう一発は右脇腹へ叩き込まれる。
「うっ!」
びきびきっ、と皮膚が凍る音が聞こえた。激痛が体じゅうを駆け巡り、イチコはがくりと片膝をつく。
「この……生きて帰れると思うなよ!」
「……あはは、これで私たちの勝ちだよ」
絞り出すような声でイチコは呟いた。
「……なんだと?」
「ほら」
油汗を浮かべながらも、イチコは笑顔で森の先を指さした。
「時間切れだよ」
「!」
銃男はそこではじめて意味が分かった。すぐに振り返って、そこにファビアとオルハが立っていることに気づく。
「イチコ!」
オルハが両手にクローを持ち、迷わずイチコに駆け寄る。
「ち……早すぎるぜ!」
銃男が額に汗を浮かべた。油断していたのもそうだが、爪男があまりに短時間で落ちたのが致命的だった。
「畜生、ダーククロウをなめるなよッ!」
銃男は言い放つも、その行動は正反対。迷わず背を向けて、シティの方へと走り出す。
「今助けます!」
ファビアが右手に持ったウォンド――長さ1メートル未満の、片手で扱う杖――を掲げながら言った。
「癒しの力を我に……レスタ!」
体がまばゆい光に包まれてゆく。裂かれた皮膚がゆっくりふさがり、何事も無かったように傷が消えた。
「イチコ! だいじょぶ!?」
「大丈夫、大した事ないよ。服はボロボロだけど」
肩を貸そうとするオルハを振り切り、イチコは立ち上がった。
「まだ頑張れる!」
すぐに長剣を振り上げ、上段に構える。
ファビアが左手に持った、"投刃"――扇形のフォトンが広がり、そこから目標を打つフォトンの誘導弾を飛ばす武器だ――を振りかざした。
「これでも食らいなさい」
投刃から三つのフォトンの弾がゆっくりと高く飛んだと思った瞬間、目標めがけて矢のように一直線に飛び、そのまま銃男の体に突き刺さった。
「うがっ!」
逃げる銃男の背中を打ち、その足がもつれて転ぶ。そこへオルハとイチコが接近する。
「ぐは……! 何しやがんだ!」
叫びながら男は立ち上がる。だが、振り向いてその眼前に広がる光景に、男は後悔した。
オルハの爪が右上から振り降ろされ、イチコの長剣が右下から上へと振り上げられた。
「お疲れサマ♪」
「ぎゃああ!」
上下から体を切り裂かれ、銃男は悶絶した。衣服を軽く貫いて皮膚を裂く。
オルハが飛んだ。体重をかけて右足で男の太ももを踏む。そのまま流れるように左足で胸を。まるで地面を歩くかのごとく、滑らかに踏みつける。最後に右足で顔を踏み台にして、高く飛んだ。空中で体をそらせ、後ろにくるりと回転する。
「イチコ!」
オルハが叫んだ。
「うん!」
イチコが答える。
振り上げられた長剣が、上から下へ一文字を描く。剣先が銃男の額にごつっとめりこんだ。そのまま前身を胸から腹へ、腹から足へと切り裂く。それでも勢いは止まらず、剣身は地面に叩きつけられる。
そして、空中のオルハが右手を振りかざす。重力の落下の勢いで爪を振りかざし、男の登頂部に叩きつける。そのまま勢いにまかせて、下まで一直線に切り裂く。
顔面をえぐる一撃。縦に深い傷が三本刻まれる。
シールドラインでダメージは軽減されているとはいえ、この連携攻撃に男は成す術がなかった。
「ぐ……あぁ!」
男は天を仰いだまま、がくっと地面に膝をつく。それからゆっくりと倒れ始めて、力尽きたように地面につっぷした。
「コンビネーションなら私たちの方が上だね」
「出直しておいで♪」
二人は悪戯に微笑んで、ぱしん、とハイタッチで締める。
「さて、目的を教えて頂きましょうかね」
フォトンロープを取り出し、二人を後ろ手に縛り上げる。それからテクニックで傷を治してやり、武器は奪ってそこいらに捨て置く。
「うう……畜生……」
「……なんだこりゃ……くそッ」
「さぁ、答えてください。なぜ私たちを尾行していたんです?」
ファビアが腕を組んだまま、二人を見下ろして問う。
「その前に、話したら逃がしてくれるっていう保証が欲しい」
「まったくだ。喋ったのにグサリなんてゴメンだ」
オルハが腰に両手を当てたまま、大きなため息をついた。
「あのねぇ、ボクらはガーディアンズだよ、人殺しじゃないの。今ボクたちが聞きたいのは、尾行してきた理由、それだけ聞きたいの」
二人は怪訝そうな顔を見合わせた。それから爪男が、銃男に顎で三人を促す。銃男が頷いてから、口を開く。
「……俺たちは団長に言われて、あんたらを尾行しただけだ。……あんた、前にうちの団長とやっただろ」
銃男はオルハの方を見上げて言った。
「ん? ボク?」
「そうそう。あん時から、団長がうるせえんだ。『ガーディアンズと死合いがしたい』、と。だから、尾行して調べてこいと。そしたら、あんたらがあまりに普通にピクニックをしてるもんだから、大した情報は得られてないけど」
なるほど、やたらと緊張感が薄かったのはそのせいか、と三人は納得した。
「……私たちの腕を確かめて来いと?」
ファビアはふと気付いて、首をかしげた。
どうも違和感を覚える。腕を見たいなら団長自ら出てこれば良いだけの事だし、この二人をけしかるのであればもっと早い段階で襲いかからせれば良いはずだ。
「……素直に話してもらえませんか? 全部話してくれるのであれば、私たちもすぐ解放してあげられるんです」
言ってファビアは、いきなり銃男のロープを解く。
「!」
「だから、素直に教えてください」
これには全員が驚いた。オルハとイチコは思わず武器を取り出す。
銃男はぽかんとしている。まさかこんな簡単に解放してくれるとは思っていなかったのだろう。
「……あ、ああ」
「早く俺もほどけ!」
爪男がわめいた。
「素直に喋れば、彼のようにすぐに解放してあげますよ?」
「わかった、わかったよ」
銃男が観念したように両手を広げて、口を開き始めた。
「……俺らも詳しくは知らねぇんだが、団長は何かの組織活動に参加してる。で、オウトク山の近くに拠点がひとつあるらしいんだ。で、そこのお嬢ちゃんが……」
言って爪男はオルハを横目に見る。 お嬢ちゃんと言われてオルハがムッとするが、ファビアが「まぁまぁ」とそれを制した。
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚