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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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 次は全身だ。驚異的な力に持っていかれる。足が地面から離れて、衝撃の方向に持ち上げられ、無造作に吹き飛ばされる。首が完全に真後ろまで回転し、右腕が根元から取れて飛び、宙で円を描く。身体は衝撃でよじれ、腰がねじ切れそうにひねられる。
 壊れたおもちゃのように揺れながら、キャストの身体は20メートルは吹き飛び、壁に叩き付けられた。衝撃で地面が揺れ、今ごろになって吹き飛んだ右手が地面に到着した。
「!!」
 もう一人のダガー使いは、明らかに動揺した。
 噂には聞いていたが、このパワーはなんだ?
「ぅぅ……ぅがあぁっ」
 左手を突き出したまま、獣人は唸る。無防備なのに、キャストは踏み込めない。
 ――こいつは獣人なんかじゃない。本物の獣だ…いや。
 一匹のけだものだ。
「mission complete」
 後ろに立っていた隊長が呟いた。ダガー使いが咄嗟に飛び退く。
 ひゅんひゅん、と空気を切り裂く音が聞こえた。ドドッと肉を叩くような音がして、ビーストの首に衝撃が走る。
 反応して、ビーストは何かが飛んで来た方向を睨む。そこには二人のキャストがいた。
 高台に寝てライフルを構えている。
 そこまで判断したところで、ビーストは異変に気付いた。わずかに視界の端が歪んでいる。全身に気怠さがまわり始め、体が少しずつ重くなる。
「ぅう……ぅぐぁぅっ」
「本来は大型動物を捕獲するための強力な麻酔だ。発射に時間がかかるため実戦では使いにくいが、ビーストの緩慢な動作を追うのは簡単だよ」
 首をかきむしるビースト。だがその動きは徐々に緩慢になってゆく。
「ビーストフォームをとった事が敗因だ。愚か者め……」
 隊長は表情を変える事なく言った。いや、もっとも表情を変える事も彼にはできないのだが。
「ぅ……ぐぁ……」
 ビーストはそのまま崩れ落ち、地面に突っ伏した。ビーストフォームが解け、元の姿に戻る。
「連れてゆけ」
 奥からさらに、同型のキャストが二人現れた。一人は土砂を運ぶために使うのであろう、手押し車のような物を押している。そのまま乱暴に、壊れたキャストの破片を集め、中へと放り込み始めた。もう一人は、ビーストの足を無造作に掴んで引き摺ってゆく。
 一部始終をオルハは見ていた。
"激しい戦闘を初めて見た"
 ……彼女の心を凍らせたのはそれだけではない。
 ――「買われた」??
 ――「奴隷」??
 一体どういう事??
 あのビーストはここで強制的に働かされている?
「まさか」
 オルハは思わず呟いた。
 500年にも渡る戦争は終わったのだ。全ての人種は平等だと学校でも習っている。そして、種族に関わらずその人権を剥奪する事は、決して正しい事ではないという事も。
「? 誰だ?」
 隊長が扉を見ながら言った。呟いた声を、マイクが拾っていた。
 オルハは完全に硬直した。ここにいてはいけないのは分かっている。椅子から飛び下りてカメラから見えない位置に逃げるべきだ。
 だが、足が動かない。
「警備兵データには無い声紋パターンだ」
 彼はゆっくりと扉に歩み寄り、扉の向こう側のモニターコンソールをいじり始める。
 だめだ。早くここから逃げなければ……!
「見ぃつけた」
「ッ…!!」
「おやおや可愛らしいお姫様だ。王子様をお探しで?」
「……」
 オルハは凍り付いた。
 本人はおどけているのかもしれないが、それは奇怪さを演出しているにすぎない。
 モニタに写し出された表情の無い顔が不気味さに拍車をかける。
「おや?」
 彼が思い出したように小首を傾げる。
「オルハお嬢様? これはご機嫌麗しゅう。大きくなられましたな」
 震えたままのオルハに言葉を続ける。
「ゴーヴァ鉱山の警備についての全権を任されております、わたくし"C4"を覚えておられますか? 最後にお会いした時は物心もつかない頃だったと思いますが」
 オルハは無言で首を左右に振った。震えながら。
「ビーストは……奴隷なの?」
 言葉が思わず口をついた。
「見ておられたのですか」
「……うん」
「それはそうでしょう。所詮奴等は開拓のために産み出された種族。肉体の強靱さ意外に何の取り柄がありましょうか」
「……」
 オルハは答えられなかった。極論のみを語る彼の言葉を理解するのは難しかったからだ。
「奴等は劣等種族ですよ。我々キャストやヒューマンとは比べ物にならない愚かな生き物です」
 がつん、と後頭部を殴られた気がした。反射的に両手で後頭部を覆う。もちろん何も変化は無い。
「でも……」
「お嬢様は自分の知で考えられる統治者になりますよう。それではわたくしは仕事が残ってますので」
「……殺すの?」
 オルハは思わず聞いた。あのビーストの処遇が気になったのだ。
「まさか。己の財産を己で破壊するのは愚か者のする事ですよ」
 言ってC4が踵を返した。
 ふと体から何かが抜けた気がして、オルハは後ろに倒れこむようにして椅子から落ちる。しこたま背中をぶつけたが痛みは感じない。
 なんと言えばいいのか。
 全身を包む悪寒。
 表現できない喪失感。
 ただ、オルハはしゃがんだまま、両手で膝を抱えた。そうする事で自分の体から何かがこぼれ落ちるのを防ぐかのように。
 そしてオルハは、体を縮こまらせて震えていた。