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奇跡の軌跡

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『奇跡の軌跡』










寒さの所為なのか、冬の陽光というものは勢いが削がれていてとても、穏やかだ。



もう何百年か分の季節を眺めてきた筈なのに初めてそれに気付いた雉明零は、緩い光を見詰めながら一歩前を歩く背へ声を掛けた。

「…………出掛けに玄関で、清司郎、さん、は何を怒っていたんだ?」

メールの返事を打ち終えた七代千馗が、携帯電話を畳みながら顔を振り向かせる。
地球上に存在する人類の中で彼らよりも年長であるものは確かに居ないのだが、如何せん見目が見目である。だから、幾ら年長であると言えど彼らが例えば羽鳥清司郎などを呼び捨ててしまうと、見目の所為でどうしても違和感が生じてしまう。周囲で起こるその違和感について、雉明の方は何となく学んだようなのだが、かの片割れの方はといえば相変わらずそのままで。そんな両名の性質を、七代は少し面白く感じている。

「清さん?
 ……ああ、いや、あれはいつもの事。
 別に怒ってたわけじゃねえよ」
「いつものこと?」
「前から言われてるの。
 白にな、小遣い渡し過ぎだって……一日千円って渡し過ぎかなあ?」

七代が白に小遣いを遣っていて、白がそれで飲み食いしているらしい事は雉明も知っているのだが。現代の金銭価値について情報を全く持っていない雉明は、首を傾げるしかなかった。

「…………白は、何と?」
「いや、特に何にも聞いてない。
 渡してるとこからファストフードとか買ってるみたいだけど、
 まああいつが好きなのは安い方のやつだからなあ。
 足りないって事は多分無いと思うんだけど、清さんはあんま遣り過ぎると
 家の晩飯食えないから、って」
「、ああ」
「あいつも別に晩飯とか残すわけじゃないし、いいけどな。
 前はスナック菓子しか食わなくて大変だったけど」

そう言って七代は笑う。
白の事を話す時の七代の声音は何だか、何処かが違う。吟味するように耳の奥で七代の声を繰り返しながら、雉明が微笑んだ。

「……………………ありがとう。
 白を、大事にしてくれて」

雉明の唐突な言葉に、七代は一拍固まって。
それから再び前を向いて歩き出す。

「別に、お前が礼を言うところじゃないって……
 あれはほら、俺の妹だから」
「いもうと?」
「そう」
「………………あね、じゃ、ないんだな」
「実年齢はこの際あんま関係無いから。
 まあ、俺があれをねえさんって呼ぶのも面白いとは思うけどさ」

白が七代のいもうとなら、己は何なのだろう。実際経てきた年月が重要でないなら、七代と同級に見える己は、どうなるのだろう。おとうとでも、あにでもなく。七代の中では己は何、なのだろう。
それを考えていると、七代に腕を引かれた。

「ああ、ほら、あれだよ、見えてきたな」

言われて視線を七代の指先へ投げ掛ける。
成程、確かに今日の目的地が見えていた。






「ほんと、嫌でも思い出すわ…………
 裸の男が入り乱れて花札の取り合いして、結局お前のくれた札も取られるし、
 いや大変だったな、あの時は」

七代の声音が曇った空気の中に、わわわん、と響いている。たちこめる白い湯気。言われるまま雉明は小さな椅子に腰を下ろし、ずっと辺りを眺め回していた。

「これが…………、銭湯、」

己の声も湯気に滲む。それが不思議で、雉明は口を噤んだ。それからもう一度、あー、と声を出してみる。
羽鳥の家で風呂を使った事は勿論ある。その拡大版であると言われていたのだが、実際に見てみると様々なものが雉明の想像とかなり違っていた。

「来たかったんだろ?」

雉明の隣で、七代は面白そうな顔をして雉明の様子を眺めている。備え付けシャワーの頭を撫でながら雉明は頷いた。

「白が……、皆と出掛けて、楽しかったと何度も話すんだ。
 だから、気になってしまって」
「確かにあいつあの時すごい楽しそうだったもんなあ。
 誰から聞いたんかと思ってたけど、そうか、白か」

銭湯というものに自分もいつか出掛けてみたいのだと。その小さな希望を、あまりに雉明が大事な夢のように語るので。七代はそれを叶えてやる事にしたのである。

「まあ、丁度冬休みだし暇だし、お安い御用ですけど」

雉明よりも余程満足気にそう言って、七代がタオルで左の腕を洗おうとした瞬間。

「あっ、七代!」

強く手を掴まれた事よりも。珍しく雉明が大きな声を出した事に七代は驚いた。
何事かと顔を上げる。
七代の手を掴んだまま、雉明は何か真剣な顔をしていた。

「ど………、どうした雉明、何事?」
「七代、後ろを向いてくれ」
「、はあ?」
「後ろを向いて欲しい」
「な、なんで」

唐突で意味不明な言に対し七代はやや怯んでいるのだが、構わず雉明は真剣な表情のまま言った。

「銭湯とは、ひとの背中を洗うもの、なんだろう?
 銭湯に行ったのなら七代の背中を洗わなければと、ずっと思っていた」

情報供給先の常識がそもそもずれていたのだという重要な事実に、七代は今更ながら気付いてしまい。雉明の抱いていた銭湯へ行く、という夢の中にその行為は必須事項として含まれているのだろうかと逡巡した。



結局。
妙に優しくゆるゆると七代の背中を洗い終えた雉明は、お返しにと七代に髪を洗われていた。

「何故、背中だけを他の人へ任せるんだろう?」

背筋を伸ばして眼を瞑ったまま、雉明が訊ねる。雉明の頭を泡だらけにしながら七代はシャワーを手に取った。

「そりゃ、背中は手が届きにくいからじゃね……
 タオル伸ばせばひとりで洗えるし、別にしなきゃいけないわけじゃないけどな。
 ほら、流すからちゃんと眼閉じて息止めてろよ」
「、ん」

七代と雉明の足許に、白い泡が流れていく。

「しかしお前の髪も細いなあ、ふわふわで、白と一緒だな。
 白の頭を洗った事は無いけどさ」

雉明は言われた通りに律儀に堅く眼を閉じている。普段ふんわりしている色の薄い髪が水浸しで、何だか犬のようだと七代は思った。

「……ひとの頭とか洗ったの、初めてだよ。
 ひとの世話焼く事も、世話焼かれる事も、今までにほとんど無かったから」

今までの生きてきた記憶を眺める。封札師というものになってから、此処に来てから、初めての事ばかりだった。そう考えれば、或る意味では雉明と己は同じようなものなのかも知れない。
顔を拭い、おそるおそる片眼を開けて、雉明が首を傾けた。

「たのしい?」
「え?」
「おれは、七代と銭湯に来られて本当に楽しいし、良かったと思っている。
 七代はどうなのかと思って」
「、ああ……」

雉明の頬を流れ落ちる水滴を指で拭ってやりながら、七代は笑って応えた。

「そりゃ、俺もおもしろいよ」

言うと。雉明も微笑んだ。

「良かった。ありがとう」
「いやいやこちらこそ」

それからお互いに今度は己の手でそれぞれ髪と身体を洗い、誰も居ない湯船へ浸かる事にした。



雉明は七代を真似て、先刻まで使っていたタオルを畳んで頭に乗せようとしているのだが、なかなかうまくいかない。ずり落ちるそれを笑いながら七代が助けてやる。

「良かったな、半端な時間だから誰も居なくて。
 ゆっくり出来るだろ。
作品名:奇跡の軌跡 作家名:あや