奇跡の軌跡
おれはとても嬉しい。
本当に有難う、七代」
言葉の通りに。雉明は、心の底から本当に嬉しそうに微笑んだ。
「……………………ふたりでも良かった、って事か?
大人数で騒がなくても?賑やかじゃなくても?」
七代が返しても雉明は微笑したまま。
「きみの信じる愛おしい人たちが集まってあの湯に入るのも、
きっと、 間違いなく楽しいんだろう。
その賑やかさというものに、興味が無いわけじゃない。
だが、一番大事なのは、きみが傍に居るという事だから。
それさえ叶えば、おれは嬉しい」
雉明にとって大事なのは、白の味わった楽しさの再現ではなく。
「言葉としては、ふたりでもよかった、というより、ふたりがよかった、かな。
叶えてくれて、有難う」
微笑んで、礼を繰り返す。
七代は。
先刻、己が洗ってやった雉明の頭を撫でた。ふわふわとした柔らかい手触りは、雉明の浮かべる微笑に何となく似ているような気がした。
「またそういう事を。
…………お前は、大袈裟なんだって」
何かを誤魔化すように、大きく息を吐き落とす。
「そうかな」
「そうだよ、お前が俺とふたりでいいってんなら、いつでも来れるだろ銭湯なんて」
「、また、行ってくれるのか?」
「お前が行きたいなら幾らでも」
七代の言葉に、雉明は驚いたように何度も瞬いている。
小さな事にひとつひとつ喜んで嬉しそうに微笑むこの男の望みを、出来る限り応えてやりたいと七代は思う。どうやら雉明の望みは七代自身に直結しているようなので。叶えられるのは当然、七代しか居ないのだから。
この男がもう、悲嘆に暮れる事の無いように。
白へこの日の顛末を嬉しそうに語り、そしてあまりに語り過ぎた所為で、羨んだ白に雉明が叩かれるのは、帰宅してしばらく後の事。