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ノミ蟲さんの怪奇現象。

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「怪我はしてない・・・・けど、別の問題はあるわけだね」
「あ? ・・ああ・・・・・」
「病気? それとも薬物とか?」
「いや・・とにかく今そっち行くからよ」
 そう言って静雄は溜息をつく。さっきから妙に通話にノイズが混じると思っていたら、静雄は移動しながら新羅に電話をかけてきているらしい。歩く振動で携帯がブレるためにノイズがおこっているようだ。
 ただ新羅はその他にも、もうひとつ別のノイズが混ざっているような気がして首を傾げる。人間の声、のようなものが聞こえる気がする。それも、どこか耳に馴染みのあるような、ないような。
 そしてやはり新羅は好奇心に負けた。
「わかった、待ってるよ」
「おう」
 そうして電話が切れた音を確認するやいなや、顔いっぱいに、未知のものに対する憧れと期待の笑みが広がる。自分の医者としての知識が試されているようでもあるし、技量が試されているのかもしれない。勿論、新羅にとってその全てはすべからく愛するセルティのためのものであり、だからこそ今紛れもなく新羅はワクワクしていた。
 しばらく握ったままになっていた携帯電話をテーブルに戻すのとほぼ同時に、インターホンが鳴る。
 随分早いが、静雄が来たようだ。ここまで走ってきたのだろうか。もしかすると電話をかけてきたときにはすでに近くまで来ていたのかもしれない。椅子から立って壁にかけられたインターホンの受話器をとると、さっきまで携帯から聞こえていた声が来訪を告げる。
 うきうきとした足取りで玄関まで歩きながら、新羅はこのとき、先程のノイズから感じた違和感をすっかり忘れ去っていた。
「はいはーい。今開けるよーっ・・と・・・・・・」
 がちゃり。と、ドアノブが回った瞬間、外から物凄い力で引っ張られて咄嗟に手を離して──新羅は絶句した。
 ドアが引っ張られたので驚いたわけではない。物凄い力で自分ごと引っ張られたからでも、ドアが開いてから初めに見えたのが静雄ではなかったから、でもない。最後の事態には少し驚いたのだが、それよりも。
「え・・・・あれ・・・・・・???」
 問題は、静雄の手によって新羅の目の高さに掲げられた黒い物体が、新羅のよく知っている人物に似ていたところだ。いや、むしろ似ていなかったのが問題なのだろうか。それは似ているが、ある一点において全く違うところが──どうしようもなく、異質、だった。
 黒い髪。赤い目。黒尽くめの服装。新羅の視線の高さで宙に浮いている足。

 浮いている、足。

 静雄の背が高いとかそういうレベルではない。浮いている。静雄が両側からがしっと掴んでぶら下げているその物体は、どう見ても新羅の半分ほどの大きさもない。
「・・・・・・・・・えっ?」
 まじまじと眺めた後、おもむろに眼鏡を外してレンズを拭いてかけなおし、もう一度穴が開くほどみつめてみたが変わらない。
 それはどこから見ても新羅の数少ない友人のひとりで、腐れ縁で、外道で、今抱えあげている平和島静雄という男にとって天敵と呼べる唯一の相手だったはずだったのだが。
「・・・・・しう、たん」
 短い足をぶらつかせながら、静雄の両手に引っかかっている物体が声をあげる。舌っ足らずなだけでなく、声の音が高くてまるで。
 嫌な予感に苛まれ始めた新羅は、訊きたくもなかったけれどもおそるおそる静雄に問い掛ける。
「静雄・・・・・これ、何・・?」
 その問い掛けに応えるために物体の脇から顔を出して、静雄はいたく真面目な顔で、けれど眉間にわずかに皺を寄せて。
 答えた。


「ノミ蟲のヤツが縮んだ」