トラブル・スクエア
屋上の過ごしやすい場所を見つけて一人で過ごすのが好きだった。
夏なら風のよく吹き抜ける日陰で、冬なら陽だまりの暖かい日なたで。
1年の間はほとんどそうして過ごしてきたし、2年に上がってからもそんな日々が続くと思っていた。――あの日までは。
平和島静雄と折原臨也の仲の悪さについて。
あの賑やかでいつも目立っている平和島静雄と、彼が目の敵にしている折原臨也。この二人のことを知らないまま過ごすのなんて無理だった。同じクラスだったこともあったし。
静雄は怪力の持主で、人間技とは思えない力で色々なものを破壊するし投げ飛ばす。だから皆に怖がられてもいたが、おとなしい時の彼はとても素直で優しい奴だと知っている。 臨也はそんな静雄が気になって仕方がないらしい。色々な悪だくみをこらしては、静雄が暴力を振るわずにはいられない状況を巧みに作り出し、彼を暴れさせている。
だから二人は仲が悪い。
静雄が臨也を嫌う気持ちは分かるが、彼も少しは学習して自重というのを覚えるべきじゃないか、と門田は思う。
喧嘩する程仲がいい、とは言うが、二人の場合はあんなに嫌いあってるのにまだ喧嘩しあう程仲がいい、と言った方が近い気がする。
門田京平が学生生活において、一番大事にしている昼休みの読書タイムが、この二人の迷惑な喧嘩のおかげで邪魔されたのは、5月のとある日のことだった。
「待てえええええええええ!! いざやあああああああああああああああ!!」
よく校庭や廊下で響いている怒声が、今日は屋上で聞こえた。
悪い予感がする。
しかし、その時門田がいたのは、五月にしては強い初夏並の陽射しを避けて、貯水タンクの日陰という目立ちにくい場所だったから、気にせず読書を続けた。
静雄の声も一度屋上のあちこちで響いてはいたものの、遠くに離れていったようだ。
だが。
ぱたぱたと足音が近づいてきて、色白の黒髪の少年が門田の横を走り抜け――数歩進んだところで立ち止まると、門田の方へと近づいてきた。
「ドタチン! 匿って!」
「……臨也」
喧嘩に巻き込まれるのは面倒だ、と困った顔を見せた時にはもう臨也は門田が背にしている貯水タンクの梯子を掴むとするすると上に登っていってしまった。
「……」
危ないな。
そうは思ったが、臨也は運動神経も抜群だ。暫くなら大丈夫かもしれない。
門田は再び本に視線を落とす。
暫くすると、臨也を追ってきたらしい静雄が彼の前を通りかかった。
「あっ! 門田!!」
「ん?」
顔を起こす。あれだけ距離が離れていたのに、よく見つけるな、と感心しながら静雄を見やると、彼は金髪の髪をかきながら口を歪めて拗ねたような顔をしていた。
「臨也知らねぇ? こっちに逃げてきたと思うんだけど」
「さあな」
本に視線を戻しながら呟く。静雄は辺りをきょろきょろ見回し、しかし姿が見えないことで諦めたのか大きく溜息をついた。
「くそ、また見失ったか」
諦めきれない気分を打ち消すように、彼は関心を門田に向けた。否、門田のいる心地よさそうな日陰に向けたらしい。
「いい場所だな、ここ。こんな日なのに涼しい」
「だろ?」
ちょっとだけ得意げな表情を見せた門田に、静雄は笑みを返し、隣に座りこもうとしたその時――。
貯水タンクの上から臨也が降ってきた。高さは4メートルほどの小ぶりなものではあったが、まともに両脚で踏みつけられ、静雄はコンクリートの床にうつ伏せに押しつぶされる。
「静雄!!」
「ははっ!! 大成功!!」
臨也はけらけら笑って、走り去っていく。門田は本を放りだし、慌てて静雄に駆け寄った。いくらなんでもこれは酷い。
「静雄! 静雄っ!」
「……ってぇ……」
コンクリートの破片をぽろぽろこぼしながら、静雄はゆっくりと体を起こした。
「!」
額に薄く血は滲んでいたものの、無事のようではある。門田は静雄の丈夫さに驚愕しつつも、態度だけは冷静に静雄に話しかけた。
「……あんまり動かないほうがいい。頭打ってるかもしれないし」
「大丈夫……これくらいなら。クソ、あの野郎……」
起き上がって座り込み、打った頭を痛そうにさする静雄。こういう時に同じクラスメイトの岸谷新羅でもいればいいのだが、いないのなら保健室に連れて行くべきだろう。
「いてぇ……」
「保健室連れてくから、俺の肩に掴まれよ」
「大丈夫だ……すぐおさまる」
「大丈夫なもんか」
門田は静雄を強引に保健室に引っ張って行き、保険の先生の手当てが終わるまで付き添ってやった。別に置いて行ってもよかったのだが、門田が臨也の居場所を言わなかったせいで静雄は怪我をしたのだ。小さな罪悪感に胸が少し痛かった。
夏なら風のよく吹き抜ける日陰で、冬なら陽だまりの暖かい日なたで。
1年の間はほとんどそうして過ごしてきたし、2年に上がってからもそんな日々が続くと思っていた。――あの日までは。
平和島静雄と折原臨也の仲の悪さについて。
あの賑やかでいつも目立っている平和島静雄と、彼が目の敵にしている折原臨也。この二人のことを知らないまま過ごすのなんて無理だった。同じクラスだったこともあったし。
静雄は怪力の持主で、人間技とは思えない力で色々なものを破壊するし投げ飛ばす。だから皆に怖がられてもいたが、おとなしい時の彼はとても素直で優しい奴だと知っている。 臨也はそんな静雄が気になって仕方がないらしい。色々な悪だくみをこらしては、静雄が暴力を振るわずにはいられない状況を巧みに作り出し、彼を暴れさせている。
だから二人は仲が悪い。
静雄が臨也を嫌う気持ちは分かるが、彼も少しは学習して自重というのを覚えるべきじゃないか、と門田は思う。
喧嘩する程仲がいい、とは言うが、二人の場合はあんなに嫌いあってるのにまだ喧嘩しあう程仲がいい、と言った方が近い気がする。
門田京平が学生生活において、一番大事にしている昼休みの読書タイムが、この二人の迷惑な喧嘩のおかげで邪魔されたのは、5月のとある日のことだった。
「待てえええええええええ!! いざやあああああああああああああああ!!」
よく校庭や廊下で響いている怒声が、今日は屋上で聞こえた。
悪い予感がする。
しかし、その時門田がいたのは、五月にしては強い初夏並の陽射しを避けて、貯水タンクの日陰という目立ちにくい場所だったから、気にせず読書を続けた。
静雄の声も一度屋上のあちこちで響いてはいたものの、遠くに離れていったようだ。
だが。
ぱたぱたと足音が近づいてきて、色白の黒髪の少年が門田の横を走り抜け――数歩進んだところで立ち止まると、門田の方へと近づいてきた。
「ドタチン! 匿って!」
「……臨也」
喧嘩に巻き込まれるのは面倒だ、と困った顔を見せた時にはもう臨也は門田が背にしている貯水タンクの梯子を掴むとするすると上に登っていってしまった。
「……」
危ないな。
そうは思ったが、臨也は運動神経も抜群だ。暫くなら大丈夫かもしれない。
門田は再び本に視線を落とす。
暫くすると、臨也を追ってきたらしい静雄が彼の前を通りかかった。
「あっ! 門田!!」
「ん?」
顔を起こす。あれだけ距離が離れていたのに、よく見つけるな、と感心しながら静雄を見やると、彼は金髪の髪をかきながら口を歪めて拗ねたような顔をしていた。
「臨也知らねぇ? こっちに逃げてきたと思うんだけど」
「さあな」
本に視線を戻しながら呟く。静雄は辺りをきょろきょろ見回し、しかし姿が見えないことで諦めたのか大きく溜息をついた。
「くそ、また見失ったか」
諦めきれない気分を打ち消すように、彼は関心を門田に向けた。否、門田のいる心地よさそうな日陰に向けたらしい。
「いい場所だな、ここ。こんな日なのに涼しい」
「だろ?」
ちょっとだけ得意げな表情を見せた門田に、静雄は笑みを返し、隣に座りこもうとしたその時――。
貯水タンクの上から臨也が降ってきた。高さは4メートルほどの小ぶりなものではあったが、まともに両脚で踏みつけられ、静雄はコンクリートの床にうつ伏せに押しつぶされる。
「静雄!!」
「ははっ!! 大成功!!」
臨也はけらけら笑って、走り去っていく。門田は本を放りだし、慌てて静雄に駆け寄った。いくらなんでもこれは酷い。
「静雄! 静雄っ!」
「……ってぇ……」
コンクリートの破片をぽろぽろこぼしながら、静雄はゆっくりと体を起こした。
「!」
額に薄く血は滲んでいたものの、無事のようではある。門田は静雄の丈夫さに驚愕しつつも、態度だけは冷静に静雄に話しかけた。
「……あんまり動かないほうがいい。頭打ってるかもしれないし」
「大丈夫……これくらいなら。クソ、あの野郎……」
起き上がって座り込み、打った頭を痛そうにさする静雄。こういう時に同じクラスメイトの岸谷新羅でもいればいいのだが、いないのなら保健室に連れて行くべきだろう。
「いてぇ……」
「保健室連れてくから、俺の肩に掴まれよ」
「大丈夫だ……すぐおさまる」
「大丈夫なもんか」
門田は静雄を強引に保健室に引っ張って行き、保険の先生の手当てが終わるまで付き添ってやった。別に置いて行ってもよかったのだが、門田が臨也の居場所を言わなかったせいで静雄は怪我をしたのだ。小さな罪悪感に胸が少し痛かった。