あたためますか?
「お・・・まえなぁっ!そう言う事をサラッと言うなサラッと!」
「?何か変な事言ったか?」
「自覚無しかよっ」
千景の言う事が全く理解出来ない。ただ言える事は、どうにも千景の顔が赤い様な気がすると言う事だ。
「俺の笑った顔が見たいだぁ?!んなの真顔で男に言うセリフかよっ!!」
「・・・・・・いや、だってお前ってそんなに俺の前じゃ笑わないし」
「!・・・え?」
千景がまたぴたりと止まる。だが今度のは空気が止まるとは別物だった。どこか不安定で、このまま存在を失せてしまいそうな・・・。そう例えたくなる位に千景からはいつもの強気な雰囲気はうかがえなかった。
「・・・そんなに俺、アンタの前で仏頂面だったか?」
「ああ、楽しくない訳じゃないとは思ってはいたが・・・やっぱり好きな奴には笑っていて欲しいと思うだろう?」
「っだからさらっと言うなさらっと!」
強い口調で言うものの、千景の顔は赤いまま、そしていつもの威勢のいい態度もどこかへ消えたままだ。千景は自ずの顔を隠すように右手で前髪を掻き揚げ、俺には聞こえないくらいの唸るような声で何かぼそぼそと喋っていた。
「・・・・・・のに」
「どうした?」
「っ・・・・・・女に言われてもどうって事無いのに・・・」
「は?」
「だからっ、どうしていいか分かんないんだよ!男と付き合うとか今まで考えた事無かった ・・・か ら」
一気に捲し上げられた台詞は勢いを保たぬまま最後は弱り、果てた。正直予想外の反応で、俺も少し戸惑ってしまった。
「俺は女が大好きだ。小さくてふわふわしてて可愛い。甘えられると答えたいと思うし楽しい時は笑って欲しいと思う。守りたい、大事にしたい。そんで格好いいと思われたい」
「・・・そりゃな」
「そうだろ!?だけど門田は男で、俺も男で、なのに俺は、俺・・・」
――――ああ、そう言う事か。
本当なら対立する立場にいた者同士が何かをきっかけに仲違いを止め、親交を深めるというのは物語りではよくある事だ。その主人公が今たまたま俺と千景で、友情よりもその先を望んだ、多分どちらもが。少なくとも、俺は。
目線を下に落としたままの千景の頭を俺はふわりと撫でた。帽子を外した千景の髪の毛は少しぺたんとなっていたが、それでも少し癖のある髪が手のひらの中でふわふわと擽る。千景がぴくりと肩を揺らすが構わず俺はまた千景の頭の、そして顔の輪郭を辿る様にして頬に触れた。さっき冷たいと感じていた手のひらとは違い、それは温かいと感じた。
「お前は俺が女だと笑ってくれたのか?」
「そういう事じゃねぇ。だってアンタが女だったら俺はきっとアンタを知る事が出来なかった。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・なんつーかその・・・受身の俺を、俺はまだ受け入れられない・・・っつーか・・・。でも俺は門田が好きだ。だからその、好きな奴の部屋にいるって言うのが・・・だなっ」
千景は語尾で俺の手を振り切るように顔を上げた。
「なんかもーヤダー俺どこの乙女だよ!うわあああもう鳥肌たつううううう」
「千景、おちつけ」
「うっせ!」
ぞわぞわする!と自分を掻き抱くように両腕をさする千景の発言とは裏腹に、顔だけは相変わらず赤い。
「千景」
「んだよ・・・っ!」
俺は落ち着きを取り戻せないらしい千景の口を自分の口で塞いだ。
暴れられるかと思いきや千景はぴたりと止まった。どうやら黙らせる事には成功したらしい。
「・・・っつう、・・・・・・ふ」
「・・・落ち着いたか?」
「・・・・・・知るかっ」
とりあえずは落ち着いた千景の頭をまたぽんぽんと撫でた。
「動揺してるのはお前だけじゃないさ」
「・・・嘘付け、どう見たって余裕な顔してるくせに。今だってガキ扱いだ」
「頭撫でるのがか?」
「・・・」
無言だが、多分そうなのだろう。俺は千景の頭においていた手を下ろし、千景の肩を抱き寄せた。
「・・・っ」
「俺は何も考えず家にお前を呼んだ。招き入れる所までは確かに何をどうこうとか考えてなかったけど、さっきお前の手に触れたときに幾分か緊張してる自分に気付いた」
意外そうな顔で千景が俺を見る。俺も小さく笑い、小さく頷いた。
「俺も自分がおかしいよ。不思議だな、まさか同性にこんな気持ちになるなんて…な」
「こんな気持ち?」
「触れたいとか抱きしめたいとかキスしたいとか、まぁ、いづれはそれ以上とか」
「っ、アンタ案外言うよな・・・・・・俺もうちょっと門田は奥手だと思ってたのに」
「ははっ、思い込みは良くないぞ」
笑いながら俺は千景の額に自分の額をこつりと当てる。さして身長に大差があるわけではなかったが、千景の方が俺に比べて幾分も線が細い所為か、俺には小さく見えた。さっきから火照ったままの顔とか、視点の合わない目線とか普段ならあまり見られるものではない。正直に言うと、可愛い。
「本当に意外だ。もうちょいムッツリすけべかなんかだと」
「お前は俺にどういう偏見を持ってるんだ」
「さっき言ったまんまだって、あとオッサン」
「そのオッサンとレンアイしてんのはどこのガキだ?」
「っせえよ!」
普段なら叱るべき所なんだろうが、今はただおかしかった。
そして気が付けば幾分か力が抜けたらしい千景が笑っていた。
自分だけが持て余していたと思っていた熱は相手も戸惑う位に同じ気持ちで、つまりは一人恋愛では無いという事。
「まぁ、とりあえず飯でも食うか?ちょっと温め直した方が良さそうだな」
「うわーぬる・・・折角夜遅くまで頑張って働いている可愛い店員さんにレンジという手間をかけさせたというのに」
テーブルの端においていた二人分のコンビニ弁当はふたを触ると既に生ぬるく、帰ってきて暫く時間が経ってしまっている事を物語っていた。
そんなに長い時間を過ごしてしまっていただろうか。いや、きっとこれが楽しい時間は直ぐに過ぎるという事だろう。
とりあえず弁当を持って立ち上がり、ついでに不満を述べる千景の額にデコピンを食らわした。
「嫌なら食うな」
「あたっ!ひどっドタチンのばーか!」
「・・・その名前で呼ぶなと何度も・・・」
「ハハッ」
そう、きっとこの位の温もりが、今の俺達には丁度良い。