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【6/27新刊】東京サイレントナイト【トムシズ】

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 静雄は言われた言葉を噛み締めるように唇を閉じた。なんて言おう。なんだかすごく嬉しい事をもらってばかりな気がする。なんて言えばこの気持ちが伝わるんだろうか、そう思いながらも言葉は出てこない。そんな静雄には構わず、トムは、そうだ、と何かを思いついた表情を見せた。
「静雄、この一年ですげー伸びただろ」
「え?」
「身長。お前が卒業の時には確実に俺は抜かれてんなー」
 俺、そろそろ止るしさ、そう言ったトムは制服の上を脱いで、静雄に渡す。
「これ、やるよ。替えに……なんねーか。ボタンねえもんな」
「あ……」
「んー……ってか、俺が貰って欲しい」
 なんか全部とられちまってさあ、お前にやるもんねえのも格好つかねえっつーか、そうブツブツ言いながら、トムは少しだけ照れた表情を見せる。首を傾げて笑う、眼鏡の奥の視線はいつもどおり優しかった。
「もらってくんねーか?」
「………っ!」
 少し困った表情のトムに静雄は言葉が出なくて、その制服を受け取った。押し付けたみたいでわりーな、と言うトムに、静雄はぶるぶると首を振る。
「………れしいっす」
「え?」
「……ありがとうござい……ます」
「おー」
 トムはそう応えた後に、少し驚いた表情を見せ、そしてすぐにふっと笑った。静雄に近づくと、ぽんぽんっと頭を撫でる。
「なんだよ。本当に寂しいんかー?」
「……っ」
 ぽろぽろと知らない間に涙がこぼれているのに、静雄はようやく気付いた。ごしごしとこすっても止らないし、格好悪いという気持ちから顔が赤くなってしまう。
「静雄ー。だいじょぶだって。お前の強さの噂は広まってるし。不安になんねーでもだいじょーぶ」
 お前がやさしーの、ちゃんと俺はわかってるからなーと言い、知らずにさらに静雄の涙腺を緩めたトムは、もう泣くなってーと人の良さのあらわれる苦笑いをこぼした。
「………さびしい……ッス」
「そうだなあ」
「………」
 静雄は黙ったまま、一言だけ、スンマセンとぼそりと告げて、トムの体に抱きついた。まだ少しだけ彼の方が背が高い。肩口に顔を押し付けると、涙が相手のシャツにしみこんだのがわかった。
「静雄ー………ちょっと痛い」
「……スンマセン……」
「ははっ、嘘嘘。一瞬、びっくりしたけど」
 本気でやられたらバキっといくんじゃねえかってな……というのは心の中で止めておいて、トムは静雄の体温を抱きとめる。
「……こーゆーのは、かわいい後輩女子にされて、そのまま……みたいなのを期待してたんだけど」
「……俺でスンマセン……」
「ははっ! ちょ、痛い痛い!」
 茶化すと照れたのか、ぎゅっと静雄の力が強まって、トムはすぐにギブアップした。気付いた静雄がすぐに力を戻したが、本当に痛い。しかし、トムは笑って、嘘だって、と静雄に苦笑する。
「うれしーもんだな。寂しがってもらえて」
「……っ」
「静雄」
 ありがとな、そうトムは微笑むと、今度は彼の方から静雄を抱きしめた。
 静雄は、また近づいた体温に目を閉じる。ぽかぽかしていてあたたかい。俺、何泣いてんだ気持ち悪い……と自己嫌悪するものの、もうそんなのはどうでもよかった。
(……寂しい)
 やばいな、依存してたかな、なんて思うけれど。喧嘩ばかりふっかけられて、ストレスも感情下降も半端なく、そんな中優しくされて……摺り込みにあったようなもんかな、なんて理解はできる。しかし、それでも俺は……静雄はそう思って息を吐いた。
「……トム先輩」
「んー?」
 ゆらゆらと自分の身体を揺らしてくる先輩に、思わず出そうになった言葉をぐっと喉の奥へ押し込む。だが、変な意味じゃないから言っていいんだ、言うんだ、と静雄が決意をかためた瞬間、タイミング悪くもトムの制服の中で携帯が鳴った。
「おっ、もう時間かー。待ってんのかなぁ」
「あ………さっきの……」
「うん。そろそろ行くわ。ありがとな、静雄」
 トムは静雄の体を離すと、ひらひらと手を振った。まだ少し肌寒く、けれどよく晴れた三月。シャツだけになった彼は少し寒そうだ。
 肩をすくめてズボンに手を突っ込み、「またな」と笑う顔に思わず静雄は見とれた。
 背中をぼんやりと視線で追い、手の中に残された制服を握りしめる。伝える事のできなかった言葉は虚しくも空気に融けただけであった。


 街の音がきこえる騒がしい屋上、
 春の空はまだ蒼く、寒さからではなく拳が震えた。