夏ノワスレモノ
正臣はまだ家から出れない代わりにテレビも良く見たし、本も良く読んだ。
そこで色々な知識を多く学んだ。
自分が人造人間だからなのかは知らないけれど、
そこで自分が学んだものへの記憶力は何故かかなり良かった。
この明るいノリと口調はまさにそのテレビの影響が強く出ているようだった。
そんな所も何も言わずに、許してくれる父さんは、好きだ。
好きなのだけれど…。
「正臣。こっちへおいで。」
今日も、彼は正臣を膝元へと招いた。
「…はい」
あれから、正臣の胸の中は何か不安のようなものでいっぱいだった。
どうしてこの人は自分を学会で発表しないのか。
人々の目に自分を触れさせれば、彼の名誉になる事も
今後の為に莫大な研究費が貰える事も正臣は知っていた。
―――愛されているから。
自分が愛されているから彼は自分を独り占めしてくれているのかもしれない…
それなら嬉しい。とても嬉しいんだ。
だけど、もしかするとこの人はこの行為をする為に自分を産んだのかも知れない。
考えれば、考えるだけ最終的には何故かそんな事を思うようになってきていた。
そんな筈は無い、無いのに。そう自分に言い聞かせる。
けれど、今日の彼はいつもと違った。
正臣の白い肌に手を滑らせ、正臣の胸の突起を弄る。
彼の着ていた白いパーカーを脱がせ、胸に唇を這わせる。
「父さん……俺……」
彼は正臣の言葉を無視して、ベルトへと手をかける。
これは…このままじゃ…。
嫌な予感しかしなかった。
この前の“アレ”を今日もやるつもりだ。間違いない。
ベルトをはずし、下着ごと下げられたズボン。
露になった正臣の身体。
その状態のままチラリと父さんである彼の顔を伺った正臣は、驚愕とした。
「父…さん…」
彼の顔は、正臣の知っている父さんの顔ではなかった。
瞳は濁りきっていて、薄く開けられたカサカサの唇にねちっこい唾液。
「もう、いいよな…正臣……なぁ…」
「……。」
こんな人は知らない。
何かの間違いだ……こんな人…こんな奴…
父さんなんかじゃない……
「やめろっ……!」
伸ばされた手を払い除けると、彼は驚きで瞳を大きく見開いていた。
あり得ないとでも、言うように。
「正臣……もう体は大丈夫なハズだ…!だから…」
伸ばされる腕から逃れ、乱れた衣服を治しながら正臣は彼の元から逃げるように、
庭へと飛び出した。
ここから出た所で、どこへ行けばいい…?
行く場所なんて無いだろ。
外の事なんて知らないくせに…。
だけど、ここにはもう居られない。居たくなかった。
「早かったね」
いつもの木の間の柵の向こう。
「臨也…さん…?」
彼はまるでこうなる事を知っていたかのようにそこに、立っていたのだ。
いつもの笑顔で。何もかも知っているような、そんな顔で。
「待ってたよ、一緒に行こう。」
一緒…に…?
「おいで、受け止めるから。」
柵の向こう側で彼は両手を広げ、黒いコートがふわりと揺れる。
自分に向かって広げられている手は、あの優しい両手なのだろうか。
もう、何が何だかよく解らない。
だけど、そんな風にされると、本当に―――
…助けに、来てくれたみたいじゃないか…。
正臣は柵を乗り越え、外の世界へ、彼の腕の中へと飛び込んだ。