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南方の守護者

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武力でもって国を守る軍やそれを支配する王の力とは別に、この国を守護するものがある。遥か昔から受け継がれるそれは四神と呼ばれる天からの力。北の大地を司る玄武、西の風を司る白虎、東の水を司る青龍、そして南の炎を司る朱雀だ。そのうち玄武、白虎、青龍は三神の権化とされる各々の神具を奉る事でその愛を民に贈っていたが、南を護る朱雀だけはただ一つ神具を持たず人間をを媒介にしてその恩恵を人々に与えるのだった。しかしどの神具も滅多なことでは人の目に触れることはないという点では同じであり、それぞれの地の果てにひそりと建てられいるという神殿はそれらを守護する一族によって人の目から隠されていた。


ジムは息をのんだ。ゆらゆらと燃える蝋燭の灯りが薄暗い神殿の中で独り佇む人の影を揺らめかせている。気配に気付いたのか、その人はゆっくりと振り返り此方に顔を向けた。端正な造りをした顔の中で炎に煽られた瞳が朱金に煌めいている。不思議なことにその白い指先からは赤く燃える炎が次々と生まれては消え、いくつかは室内を照らす蝋燭の火種となっている。その人がほんの少し指を動かす、それだけで燃え上がって消滅する炎の輝きはどこか人の命にも似ており、それらを支配するその人の一切の表情のないただただ無感動な顔はそれ故に神々しささえ感じさせる美しさではあったが、人間の持つ激しさや生気に溢れた力のようなものが全くといって感じられない。まさに神の戯れるような光景であったが、美しいと思う以上に言いようのない違和感と恐怖にも似た生理的な嫌悪が湧き上がった。
「……誰だ」
その人が口を開く。耳に届いた声は温度のない淡々としたものであったがその低さから相手が男であると知れた。そして彼が、ちゃんと、生きた人間であることを証明してもいてジムは知らず知らず身構えていた身体からふっと力を抜いた。途端にぺたりと張り付いたシャツに嫌な汗をかいていたことに気付く。なんということだ。
「Sorry、驚かせてしまっただろうか」
帽子を取り軽く会釈をして、後ろめたさを打ち消すように殊更にっこりと笑いかけた。じっとジムを見る彼が恐らく、ここ朱雀神殿の中心と呼べる人物なのだろう。名前と、己が研究者であること、ここへは国の許可を取って来ている事を伝えれば彼はそうかと小さく応えそれきりジムへの興味を失ったように視線を逸らした。



炎を司る朱雀の力は他の四神の中でも群を抜いて強力なものだという。そもそも何故朱雀だけが物ではなく人にその力を移しているのかといえば、先ず初めにこの地に降り立った神の子の采配なのだ。神子は雨に玄武の知恵たる杖を、風に白虎の力たる土を、雲に青龍の慈悲たる鱗を、そして己の愛した人間の女に朱雀の心臓でもある火を与えた。彼女の生んだ子は後に王となり今の王家に繋がっている。それ以来、朱雀の炎は人から人へと受け継がれている。しかし強すぎる朱雀の力は人の身には過ぎ、操る者の心が一瞬でも憎悪や嫉妬に染まればあっという間にその身を焼き尽くし自身が黒く燃える朱雀として地上のあらゆるものを燃やし尽くしてしまうと云われていた。

「覇王」
ジムが呼ぶと当代の朱雀はゆっくりと顔を上げた。基本的に彼の動きはとても静かで、酷い時には一切の音がしない。その上彼自身の存在感というと、視界にあれば否応なく惹きつけられる何とも言えない雰囲気を纏っているくせに、いざ視界から外れればまるで大気に溶けてしまったように虚ろになるのだから、ますます彼を人外めいたものにさせていた。此処に逗留して暫く経つが、朱雀の炎を宿した人間は皆そういうものなのかと問うた記憶は新しいものではない。彼の雰囲気はそれだけ異様であった。それに、彼は少しも笑わないし、喜ばない、怒らない、悲しまない、それどころか声を荒げることすらない事にジムは気付いていた。朱雀とならない為の措置なのだと彼は言う。不安定な心ではいつ人を憎むような事になるか知れないのだからと、彼が最初に教えこまれたのは心の安寧を保つに最も有効な何も感じなくなる術だった。けれどそんな事は哀しい、とジムは思う。
卓についたまま首だけを動かした覇王の鈍い金の目が此方を見上げる。相変わらず揺らぐことを知らない深い湖底のような眸だ。これがいきいきと輝けばどれだけ美しいかと、最近のジムはそればかり考えている。彼の手元の、卓を覆う白い布の上に広げられているのは人の道を説く典籍だが、確か昨日は歴史書を読んでいた。その前は兵法だ。彼は色の無い書物しか許されていない。知らない。
「何か、用か」
淡々とした声はやはり何度聴いても人の持つべき温度というものが欠けている気がする。ともすれば人形が話しているのではないかと、そんな気味の悪い錯覚すらしてしまう声に不安を覚えてその動く口に手を伸ばしたのも一度や二度ではない。頬を挟んだ掌から伝わる人間の温度に安堵して、空っぽの目で問いかける彼に誤魔化す苦笑を浮かべるのだ。
「Questionが幾つかあってね。訊いてもいいだろうか」
「…内容次第だ」
「Thanks」
にこり、と笑って向かいの椅子へと腰掛ける。ジムの仕事は神殿の外で語られている伝承と実態との比較だ。国に勤める学者として有史以来の出来事を記した史書をつくれと命じられており、仲間と共にその資料を集めている最中なのだ。そして書く地方に散らばる四神を奉る神殿は国の機関とはまた別の立場にあるため、誰の手垢にも汚れていない歴史が数多く残っている。ジムが此処に来たのはその為だ。しかし神殿の書庫に収められている書物は神殿の者しか知らない独特の言葉が多用されていて、ジムの知識では読み解くことの出来ない部分が多々あり、その度にジムは覇王に教えを請うている。ただし秘密主義である神殿の中枢に触れる所は黙秘されて終わってしまうのだが。
「それじゃあ、力を受け継ぐ人間は女性が主なのかい?」
「…ああ。大抵は、女だそうだ」
「でも君は違う」
「だから……俺がそうだと知れた時は、喜ばれた」
「Why?」
ぽつりぽつりと話す彼の言葉を控えながら首を傾げると、彼は一度瞬きをしてから口を開いた。
「孕まされる心配が無いだろう」
それは強姦、という意味だろうか。
動きの止まったジムに対して予想していたのか彼がふと目を伏せ、ああもしかすると先程の瞬きはジムへの気遣いの逡巡だったのかと少しばかり的外れなことを思った。一番初めの朱雀であった女性は愛する我が子を奪われた事によりその心を怨みに染めたのだという。結局子は無事に取り戻したが、彼女はその身をも焦がす災いの炎と化し多くの被害を生んだ。朱雀神殿ではそれを教訓とし、朱雀を継いだ女は誰の子も身篭ることの無いよう細心の注意を払い守られる事となったが、その守り手の中に彼女らを裏切る者が居なかったというわけでもない。つまりはそういう事で、よって神殿に使える一族は彼女らの身を守る以上に心を消す事に心血を注いだのだ。万が一が起こったとしても、彼女らが憎しみを抱くことなど無いように。
作品名:南方の守護者 作家名:なぐち