南方の守護者
喉の奥からせり上がる言葉に出来ない苦さをぐっと堪えてジムは身を乗り出して目の前の彼の髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。硬いようで柔らかい焦げ茶色の髪がぐしゃぐしゃに乱れた所を、手で梳いて元に戻す。それからいつものように両手で頬を挟んでじっとその顔を覗き込んだ。大きな変化は無い。それに安堵しつつ、どこか寂しさを覚えてしまうのは偽善だろうか。ぱっと手を放して椅子に戻ると、足元に置いていた荷物をがさがさと漁る。そうして取り出したものを、彼に差し出した。
「Presentだ。咲いているものは持ち込めなかったから、こんな風になってしまったけれど…」
それは花を加工した栞だった。驚くことに、彼は生まれてから神殿を一歩も出た経験がないという。それでは彼は世界の美しいものの殆どを目にしていない、目に出来ないのではないかと、思ってしまえばあまりにも哀しく、連れ出してその眸に世界がどれだけ素晴しいかを教えてやりたいという気持ちを持たずにはいられなかった。
「俺は君に美しいものを見せたいんだ。世界は広いし、君の言うような悪いものばかりじゃない。楽しいこともたくさんある。俺は君に、もっと、他の人間と同じように笑って生きて欲しいと思う」
暫く栞を見つめていた覇王が次にジムを見たとき、彼はほんの少し困ったように眉を下げていた。吃驚して息を呑むジムに、覇王は小さく目を眇めて言った。
「お前は俺を殺したいのか?」
その言葉の意味とは不似合いな、あまりにも穏やかな声に混じる小さな苦笑が、ジムが初めて見た彼の感情だった。