春よこい。
「・・・・・・・・・・・・・・手」
奇しくも先ほどの自分と同じ台詞を静雄が呟き、今度は帝人は自分の手を凝視する。
静雄の大きな手をしっかりと握りしめられた帝人の両手。
今度は帝人が奇声を上げる番だった。
「すみません・・・・・・」
「いや俺のほうこそ、何か・・・・すまん」
結局人が賑わい道でちょっとした寸劇を披露する形になってしまった二人は、お互い顔を真っ赤にしながらもその場を逃げるように(あの平和島静雄がだ)退場し、人気の少ない公園のベンチで腰を落ち着けた。
一人分のスペースを間に空けて、二人隣り合わせで座る。
先ほどのこともあり、気恥かしさで沈黙が流れた。
静雄がちらりと横を見ると、詫びを兼ねて渡したカフェオレの缶に口を付けている横顔が見える。
その頬はさっきよりは落ちついているもののまだうっすらと赤い。
そこに触れていたのだと、唐突に自覚した静雄は思わず持っていたスチール缶をぐしゃりと潰してしまった。
「へへへへ平和島さん!コーヒーが凄いことになってます!」
「何時ものことだ!」
「(それはそれで凄い!)でも、コーヒーの染みは取れにくいんですよっ。ちょっと待っててください、ハンカチ濡らしてきますから」
静雄が声を出すよりも素早く少女は設置されている水飲み場に駆けて行った。
思わず伸ばしかけた手をゆっくりと引きよせ、顔を覆った。
(・・・・・かっこ悪ィ)
どうしてこうスマートにできないのか。
あれか俺がヘタレなのが悪いのか。
半ばやさぐれていた静雄の元に、ハンカチを濡らした帝人が戻ってきた。
「はいどうぞ。これで軽く染みを叩いてください」
「・・・・・・・・・すまねぇ」
「いいえ」
帝人はにこりと笑い、また静雄の隣に腰掛けた。
先ほどよりは間隔が縮まった気がするのは、気のせいだろうか。
静雄は帝人に言われた、軽くを律儀に実行して零れたコーヒーを拭っていく。
「まじで悪ィな、竜ヶ峰。これは洗って・・・・いや、新しいの買う」
「ええっ、そんなの悪いですよ!僕が勝手にしたことですから、気にしないでください」
「いや、買う。何が何でも買うからな」
「でも」
「いいから、子供は黙って大人に甘えりゃいいんだよ」
少しだけ強引に言えば、帝人はその小さな唇を拗ねたように尖らせた。
その表情はあまり見ないものだったので、思わず静雄はドキリとする。
「・・・・・そりゃ、平和島さんにとっては僕は子供ですけど」
ぼそぼそとそう呟いたかと思うと、帝人は勢い良く立ち上がる。
そしてそのままたたっと駆けて行ったかと思うと、数メートル離れた場所で立ち止まり、くるりと振り返った。
帝人は、そのまろやかな頬に薄紅を散らしたまま静雄を見つめて言った。
「ば、馬鹿なことと思われるかもしれませんけど、でも、僕は平和島さんには、子供扱いされたくないです!」
一瞬、時間が止まったかと思った。
というか身体が固まった。
(子供扱いするなって、それあれだよな。大人として、女として扱ってほしいってそうゆうことだよな)
呆然としたままの静雄に、帝人はさらに顔を赤らめて「失礼しますっ」と去っていってしまった。
残されたのは、情けない男がひとり。
どのくらいそうしていたのか、ようやくぎこちなく動いたかと思うと、静雄は今度は両手で顔を覆った。
「俺、マジでかっこ悪ィ・・・・・・・・・」
男で大人である自分でなく、年下の少女に言われてしまう情けなさ。
それでも先ほどのイラつきは消えてなくなっていた。
現金なものだと思わず笑った静雄の顔にはもう迷いはなかった。
立ち上がり、ゆっくりと公園を出る。
そして駆けて行った少女の背中を見るかのように、サングラスの下の目を細めた。
「今度は俺の番だな」
池袋最強の男に春が訪れるのはもうすぐかもしれない。