トラリトゥルリ
「ふぇぇ~やっと出られたです~」
「もう少ししたら人の多いところを通るから静かにしててね、マルルゥ」
「はいですよ~」
「花火がはじまる頃には出航、…って結構ギリギリだぞ。急げ、トウヤ」
大通りは人混みが邪魔で駆け抜ける事は出来ない。しかも人波に巻き込まれたら潰されてしまいかねないマルルゥを連れては無理だ。何度か訪れた事はあっても、ここは自分たちにとっても異邦の地。土地勘はないに等しいが、2人は狭い路地を港の方向に向かって小走りに駈けていた。
小さな家の建ち並ぶ下町らしく、路地裏は狭く入り組んでいる。道を聞こうにも、祭りに出払っているのか、狩り出されているのか、誰一人見かけないので道を尋ねる事も出来ない。
たびたび行き止まりに突き当たっては引き返しを繰り返しながらも、ようやく港の灯りが間近に見える所まで来た時に、またもや背の高い壁に行く手を塞がれた。
「また行き止まりかよ…!」
「まるで迷路だね…」
「呑気な事言ってる場合じゃないぜ。この一本道、結構長かった。どこまで戻らされるか…」
走りずくめで息を乱したソルが忌々しそうに壁を見遣る。
時間もそろそろ危ない。いっそのこと誰か喚んで壁を乗り越えていくべきか…。
「公爵なら3人くらい楽に乗せていってくれるかな…」
「…こんなとこで、そんな用事で、呼び出すなよ、お前…」
第一見られたら大騒ぎになるぞ、それは。
半目でツッこんだソルに、冗談だよ、と笑い返す顔がどこまで本当か信用出来ないんだ、こいつは。最近益々そーゆーとこに磨きが掛かってきて。これ以上どんなのに育つ気だ、お前。
「・・・あ」
ソルがトウヤの先行きを内心危ぶんでいた頃、それまで大人しくしていたマルルゥがふと小さな声を漏らした。
「…マルルゥ?」
「先生さんが近くにいるです…」
「判るのかい?」
周囲は祭りの喧噪に包まれていて、今、2人には呼ぶ声は聞こえない。
「…呼んでみて、マルルゥ。もしかしたら、届くかもしれない」
辺りに誰もいない事を確認して、ふわり、とマルルゥの小さな身体が宙に浮き上がる。
「先生さーん!マルルゥは、ここですよ~ぅ!!」
身体の割に意外と声は大きい、というかよく通る。
もう一つおまけに、先生さ~ん!!とやっていたら。
壁の向こうも通りらしい。ややもって、誰かが駈けてくる足音が近づいてきた。
「――――マルルゥ!?もう、心配しましたよ~」
「先生さ~ん」
「・・・先生さん、って女の人だったんだ。…無事再会は果たせたみたいだね」
「ぎりぎり間に合ったか・・・」
噂の先生さん、だろうか。珍しい妖精を連れているのだから、どんな召喚師が出てくるのかと思ったが、声だけ聞く分にはまだ若そうだ。
壁の向こうで再会を喜んでいるらしい気配を汲んで、良かった、とトウヤは笑った。
対照的にやれやれ、とソルは道脇の花壇の縁に座り込んで深く息を付く。
…と。
「あの、壁越しですいません~。マルルゥを助けていただいたようで、ありがとうございます~!」
壁の向こうから律儀に声が掛かった。その向こうで「先生ー!船出すよー!」と彼女を呼んでいるだろう声が微かに聞こえる。
2人はおや、と顔を見合わせて、一つ笑った。
「たいしたことはしてません。航海、お気をつけて」
「もうはぐれるんじゃないぞ、マルルゥ!」
それぞれ声を掛けて、元来た道を戻りはじめる。
壁越しで、喜んでいる様子を見れないのは残念だが、自分たちの出番はここまでだ。
「ありがとうございましたです~!」
もう一度、壁越しに顔を覗かせたマルルゥが大きく手を振っている。
それに穏やかに手を振り返して2人は背を向けた。
「…こんなにまともに走ったのは久し振りだ」
「ずっと本を読んでばっかりだからだよ。たまには身体、動かさなきゃ」
はいはい、とおざなりな返事を返しておいてもう一度息を付いて空を仰ぐ。
とんだ予想外のハプニングだったが、良い一日だった。
・・・と、思う。
不意に背後で大きな歓声が上がり、
振り返った先には、夜空に咲く、大輪の炎の華。
港の沖の船から上げているのか、ひどく近い距離。
2人で特等席だ、と笑いながら帰った。
――――そしてこの話を手土産に、モーリンの道場にそしてゼラムに戻った時に、2人が皆して羨ましがられるのはもう少し先の話。
特に結局祭りにも行けなかったマグナの拗ねっぷりはなかなか根が深かった、と。サイジェントでちょっとした噂にもなった。
そして。
彼らが、別の場所でもう一度出会うのも、もう少し先の話。