それも、一つの可能性。
バスタオルなど荷物をまとめながら、風丸の方を見てみると長い髪を一度解いてタオルドライをしているところだった。あれだけ長ければ乾くのにも相当時間がかかるだろう。女性のように一束ずつ丁寧に乾かすわけでもなく、すっぽりと被せてくしゃくしゃとざっくりと乾かしてしまているところが彼らしいが、乱暴な乾かし方でも彼の髪は見栄えがした。
乾ききっていない今は、先ほど盗み見た時と同じように艶が出ていて髪を解いてしまった姿はおおよそ男には思えなかった。
鬼道は何度か視線を逸らしたがどうしても目で追ってしまう。
そしてその瞬間は訪れた。風丸がバスタオルをおろした瞬間に、普段は前髪に覆われて見えない右目が髪の間からほんの少しだけ垣間見えた。
別段特別なものがあるわけでもない。左目と同じ目だ。だが彼が普段かくしているものが見えた瞬間、今まで募らせていた何かが確信に変わっていったような気がした。
ふと、鬼道は思い立って風丸に手を差し伸べた。その手にはケースに入った石鹸が乗っている。家が遠かった為鬼道は風呂に必要な物を持っておらず、身体を洗う時に石鹸は風丸から借りていた。
「忘れてた。石鹸返すな。助かった」
「あ、うん」
風丸はなんとはなしに特に感慨もなく石鹸を受け取ろうとしていた。だが鬼道はすばやく石鹸を持つ右手を引っ込め、変わりに左手でこちらに向けて伸ばされた風丸の腕を掴み引き寄せた。
その瞬間の風丸の顔と言ったら、今まで見た事が無いほど無防備だった。先ほど鬼道が目覚めた時はきっと鬼道自身がこんな無防備な顔をしていたのだろう。
彼の瞳の虹彩が瞬く色が見えるまで顔と顔とが近づいていて、肌から発せられる体温を感じたかと思うと肌の角質が触れ合う感触に変わった。
そのまま彼の息遣いを唇に感じる程近づけたが、肝心の口唇をあわせる事はなかった。キスする真似事をやってみせたのだった。
「…………」
「…………次は、寸止めにしないからな」
「…………え?」
「俺は………フッ」
鬼道は言いかけたが、未だに先ほどの瞬間起こった事を理解出来ないでいる風丸の表情が何とも言えず、思わず笑いがこみ上げてしまった。少しばかり苦笑した後、そのまま"いつもの"不敵な笑みに変えた。
「俺は、円堂や豪炎寺とは違って遠慮などしないぞ。手に入れたいと思ったものは手に入れる。実力でな」
「…………何を?」
「お前だ」
その言葉を口にした瞬間、ようやく一連の動作の意味が伝わったようで鬼灯のような紅色が風丸の顔中に広がった。
今まで水面下で広げられているその争いを傍観しているだけだったが、そこに参戦するのも悪くはないと、その時初めて思った。奴らに比べれば勝因は薄いだろうが、それも一つの可能性だ。
0ではないのなら100を出すと決めた。
そうと決めた瞬間、鬼道はまた笑った。初めて見たあの時の絶対不敗の天才ゲームメーカー鬼道有人。やはり、彼は彼だった。そう思うと何故か安堵している事に気付き、風丸の中でもまた、違う可能性が芽生えつつあるのだった。
作品名:それも、一つの可能性。 作家名:アンクウ