Love yearns(米→→→英から始まる英米)
名前を呼ばれて堪えるようにアメリカはぎゅっと一度眼を瞑った。
ギリギリのところで留まっている涙は少しでも衝撃を与えれば
あっという間に零れ落ちてしまいそうだった。
戦慄く唇はゆっくりと開かれる。
「俺はキミの傍にいない方がいいんだ」
震える言葉と共にぽろり、とついに涙が零れ落ちた。
涙を零さないようにと配慮して包んでいたイギリスの手を次々に雫が濡らしていく。
零れ落ちる涙を掬い取るように口付けるとアメリカはいやいやと首を振った。
ジェームズに見られているのにまずいかと視線を滑らせると既に彼は扉の前から
いなくなっていた。
いついなくなったのか気付きもしなかったが、気を利かせてくれたのだろう。
これで何も気にすることなく、アメリカに向き合える。
とりあえず涙が止まったのを確認して、一度イギリスはアメリカから顔を離した。
既に腫れぼったくなっている瞼が痛々しく、癒すように唇を触れさせると
アメリカは止めてくれよと声を絞り出す。
そのくせ、言葉通りに離れるとアメリカの瞳は傷ついたように揺れる。
けれど強い光は失われていない。
「キミは俺のせいで死にかけたんだぞ・・・!」
「アメリカ・・・・・・」
「何であんな寒いところで待っていたんだい!!俺は来なかっただろ!!約束の時間に!!」
肩を震わせて声を荒げるアメリカを宥めようとイギリスは再度手を伸ばそうとした。
しかしその手をくぐり抜けて、床に尻を着けたままアメリカはずるずると後ずさる。
せめて点滴やら何やらの管がなければ、すぐにでもベッドを降りて
アメリカを抱きしめてやれるのだがそうにもいかない。
触れられないようにと距離を置かれているが、幸いにも病室から逃げ出そうとはしていない。
ぴりぴりしているアメリカを刺激しないように心がけてイギリスは口を開いた。
「俺は勝手に待ってただけだ。そもそもきちんとしたアポイントメントが
あったわけでもない。お前がこのことを悔やむことはないんだよ」
「―――――っ」
息を短く吸ったアメリカが唇を真一文字に結ぶ。
何かを堪えるような仕草にイギリスは首をかしげた。
顔をあげて立ち上がったアメリカはイギリスを見下ろす。
悲痛な色を含んだ眼差しは言葉よりも深くイギリスの胸を刺した。
「キミがそうやって自分が死にかけても俺のことを許してくれるのは、俺が可愛いアメリカの
なれはてだからだろ。『俺』だけだったら、キミは許してくれないし、愛してもくれない」
「違う・・・!」
「違わない!!違わないよイギリス。・・・・・・でも、俺は」
苦しい胸の内を抑え込むように重ねた手を胸に押し当てて、アメリカは声を絞り出す。
いつもの溌剌とした声音よりも1トーンも2トーンも低い声はきちんと耳を澄ませていないと
聞き逃してしまいそうなほど小さい。
「キミへの想いを休ませようって思った。キミを好きだと困らせちゃうから。
でも、我慢できなかった。俺のせいでキミが死にかけたって聞いて・・・・・・」
ぽろり、と止まったはずの涙がまたアメリカの瞳から零れ落ちる。
きらきらと光るその雫は床に敷き詰められら絨毯に染み込んでいく。
「心臓が止まっちゃうかと思った。俺のせいでキミを死なせてしまうところだった」
ふいに嗚咽が零れそうになったのかアメリカは口元を押さえた。
こくんと唾を飲み込んでアーサーを見つめる。
水の膜に覆われた瞳はまさにオーシャンブルー。
イギリスが愛した海―――――そのものの色。
「俺にこんなことを言う資格がないのはわかっている。虫のいい話だよ。
キミに飽きられても仕方ない。けど・・・・・・」
戦慄く唇が言葉を紡ごうと何度も開閉を繰り返す。
何度かその仕草を繰り返した後、ぐっと目元を拭ったアメリカは彼らしくない
淡い笑みを浮かべて口を開いた。
「今の俺を、好きになって」
「アメリカ」
「―――――今日は帰るよ。キミも具合が悪いだろうし」
「おいアメリカ」
思わず手を伸ばして走った痛みに思い切り顔を顰める。
忘れていたわけではないが、やはり急激には動けないらしい。
痛みに顔を顰めているイギリスを見て悲しげに微笑んだアメリカは
くるりと踵を返して歩き始める。
「・・・・・・反対意見は認めないんだぞ」
ドアを開けて外へ飛び出すその瞬間、アメリカはぽつりと言葉を零す。
その意味を問い返す前に姿は消え、残されたイギリスはのろのろと視線を
真っ白なシーツに落とした。
正直なところ、今すぐアメリカを追いかけたかったし、離したくなどなかった。
彼の言葉からもイギリスの気持ちを誤解されている―――――これは今までの
ことを考えれば当たり前のことなのだが。
だが、追いかけたところで彼の納得する言葉を上手に言えるかというと答えはNoだ。
時間が経てば経つほどアメリカとの距離は広がっていく。
ならば今すぐ追いかけて―――――駄目だ。どんなに彼を想っていても
一度死にかけた身体はすぐには動けない。
もしも無理して倒れてしまえば、それこそアメリカを悲しませてしまうだろう。
(―――――と、言い訳して逃げているのかもしれねえな)
どこまでも臆病な己を嘲笑うように口端を歪める。
シーツを皺が深く刻まれるほど強く握りしめて、彼の出て行ったドアを見つめた。
「あいつを俺の手で幸せにする。誓ったからじゃねえ、俺があいつを幸せにしたいんだ」
誰に言うわけでもなく呟いて眼を伏せる。
これ以上、彼を泣かせない。
共に幸せになるための方法を探して思考の海に漂う。
その姿には今までにない、決意の気持ちが漲っていた。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう



