赤い羽
菊にここまで思われる人物が羨ましい。とても不謹慎だけど、そう思わずにはいられなかった。
「少しは、楽になったかい?」
君の望んだ通り、君は鮮血を撒き散らし、地面に平伏している。これで満足なのか、それとも、まだまだ足りないのだろうか。
「君は、必要以上に頑張ったんだから」
だからもう、ゆっくり休んで欲しい。本音を言うと、これ以上彼が闘いを続ける姿を見続けるのは苦痛だった。どう見ても、疲弊しきった翼を気力だけで羽ばたかせているようにしか見えないからだ。
叶うならば、自分しか入れない部屋に鍵を掛けて、閉じ込めてしまいたい。そう思うほどに、菊の精神は限界ぎりぎりを迎えているように思えた。
(でも、君はそれを嫌がるだろうね)
菊が慕っているのは、自分では無いのだから。
「…………」
被弾した肩の傷に響かないよう、慎重に背中と膝の裏の二箇所に腕を差し入れて、華奢な肢体を抱き上げた。殆ど体重を感じさせない、軽過ぎる身体に驚愕する。
こんなに小さな細い四肢で、此処まで闘ってきたのか。次々と味方を失って、終いには一人ぼっちになって、周囲を敵に囲まれた状態で、どれだけの試練に耐え抜いてきたと言うのか。
手触りの良い黒絹の髪を掬い、労わる様に口付けた。
自らの身を酷く貶めることが唯一の粛清ならば、彼の生き方は、なんて切ないのだろう。
なんて、愛しいのだろう。
「君は、誰に贖罪を願ったんだ?」
誰に許されたかった?
こんなにぼろぼろになって、手足も冷え切って、精神を崩壊の一歩手前にまで磨耗させるまで。
(誰を想っているんだい?)
脳裏の片隅に、長い黒髪を揺らす小柄な影が横切っていった。
答えは解り切っていたけれど、それでも敢えて問いかけたいと思う。
(君が本当に護りたいものは、まだ君の手の中に、存在しているのかい?)
翔ぶ目的を失った鳥が行き着く先は、生まれ故郷の懐かしい風景なのか。それとも、見知らぬ冷たい街で、誰にも知られること無く、ひそやかに闇に紛れるのか。
魂の炎を燃やし、燃え尽きて灰になった翼の残骸は、冷たい地面に赤い跡を残していた。