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雨の日の過ごし方

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惨劇の跡が色濃く残るビルの通路を、慎重に進んでいた。ちかちかと光るナトリウムランプの非常灯が時折浮かび上がらせるのは、崩れ落ちた瓦礫とアルフレッドの姿だけだ。他に生あるものの気配はない。感じるのは重くのしかかる様なプレシャー。
 雨の音が鼓膜を叩く。
 初めは簡単にこなせるミッションだと思っていた。しかし、いざふたを開けてみれば、それはとんでもない思い違いだった。敵の勢力は予想をはるかに上回っていたのだ。
 一緒に敵地におもむいた仲間たちは、次々と命を落としていった。
 この任務を最後に引退すると言っていた老兵のハンス。それから、幼なじみの彼女と来月になったら結婚式を挙げるはずだったジムも。みんな……みんな死んでしまった。
 しかし、今、戦友たちの死を嘆いている余裕はない。アルフレッドの体力も、もう限界なのだ。持ち込んだ兵装はほぼ全部使い尽くし、残されたのはショットガン一本のみ。それさえも残りの弾薬数は片手で数えられる。
 湿気と汗がじとりと手ににじむ。いざという時に汗で手が滑った……なんて事になったら、冗談ではすまされない。濡れた手を服の裾でぬぐう。ついでに深呼吸をして、早鐘のようにがなり立てている心臓を、いくらかでも落ち着かせようと試みた。……効果は今ひとつだった。
 アルフレッドが瓦礫を避けながら進む通路が、丁字路に行き当たった。
 地図を確認して、一縷の望みがわいた。ここを右にいけば、ビルの出口がある。外に出られれば、本部隊と合流することが出来る。
 安堵のため息をつきかけて、いけない、と頭を振った。緩みかけていた口元を、再び一文字に結びなおす。気の緩みは破滅に直結する。そもそも出入り口は、一番敵に襲われやすいポイントだ。用心に用心を重ねるに越したことはない。
 今まで以上に気を配りながら、ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。
 曲がり角を折れ、視界にとらえたEXITの文字。
 これで、苦しい一人での戦いが終わるんだ。ほんの一瞬緊張の糸が緩んでしまったとしても、いったい誰が攻められようか。
 彼は後ろから伸ばされた白い手に気づけなかった。
 アルフレッドの足が出口に向かって駆け出した、その時、

 ぽん。

 アメリカの肩を何者かが叩いた。

「ひぎょえええええええへああああぁぁああっっ!」

 昔ながらの木造和風住宅に響き渡る大絶叫。発信源はアメリカだ。
 恐怖と驚きのあまり涙をにじませた瞳を、きっ、と吊り上げて手の主を振り返り、見上げた。と言っても、ここには自分ともう一人しかいない。この家のあるじの日本だ。
 日本はアメリカの悲鳴に怯むことも驚くことも無く、にこやかな笑みを浮かべてそこに立っていた。
「ひどいじゃないか、日本! 驚かさないでくれよ!」
「ああ、すみません。何度もお呼びしたのですが、気づかれなかったみたいですね。随分集中されていたみたいですが、新作ゲームはお気に召しましたか?」
「あとちょっとでクリアーなんだぞ」
「それは良かったですね……と言いたい所ですが」
 日本がいったん言葉を切る。ゲームが映るテレビに視線を向けて、苦笑した。
「大変なことになっていますよ?」
「えっ!?」
 あわてて画面を見ると、どこから現れたのか大量にゾンビに、自分の名前をつけた主人公キャラが群がられているところだった。
「ああっ、アルフレッド!?」
 急いで回避させようとするが、手の中にあったはずのコントローラーがない。さっき悲鳴を上げたときに、放り投げてしまったのだ。
 畳の上に転がっていたコントローラーを急いで拾い上げ、テレビに向かい直った時にはもう遅かった。アルフレッドはゾンビの山に押しつぶされ、体力ゲージはレッドゾーンを突き抜けてついにはエンプティに。断末魔の声とともに画像は真っ黒に塗りつぶされ、赤く浮き出た『GAME OVER』の文字。呆然とその文字が消えていくのを見つめ、再びメーカーロゴが現れたところで、アメリカはゲーム機本体とテレビの電源を落とした。
 最後にセーブをしたのはどこだったかなと思いをめぐらせて、しばらくしていなかったことに気づき、深くため息をついた。一時間分のプレイデータが、ぱぁだ。
「にほーん! このゲーム難しすぎるよ。一緒に連れてった仲間は、すぐ敵にやられちゃうし!」
 八つ当たりのような気がしなくもないが、生産国に一言文句を言わないと、このやるせなさは拭えない。
「そうですか……? 誰を連れて行きました?」
「ハンスとジム」
「……アメリカさん。このゲーム、死亡フラグを立てている仲間キャラは、敵に狙われやすい仕様になっているんですよ。その二人は死にやすいキャラワースト1、2です。難しいミッションに参加させてはいけませんよ」
「そんなの知らなかったよ」
「取扱説明書に書いてありますが?」
「……ニホンゴ、ムズカシクテネー」
「なぜいきなり片言になるんですか……つまり、読んでいなかったんですね」
「うん」
 こくりと頷くアメリカを見て、あきれた様に日本が笑う。なんとなくいたたまれない気持ちになったアメリカは視線を外に向けた。
 雨が降っている。
 土砂降りとまではいかないが、小雨というわけでもない割としっかりした雨だ。おととい仕事で来日してから、やむことなくずっと降り続けている。
「しっかし、よく降るね」
「ええ、まあ。梅雨ですから」
「気が滅入らない?」
「そうですねえ、いろいろとうっとうしいことは確かですが、私は梅雨の雨は嫌いではありませんよ」
 そう言うと日本は、とてもいとおしそうな表情で庭を眺め、
「この一雨一雨が命を育み、暑い夏への準備をしているのです。……それに雨の中でけぶるアジサイは美しいでしょう?」
 にこりと笑った。
 海や大地の恵みに感謝し、植物に造詣が深く、自然の中に神秘的な美を見つけだす。……それが彼という国だったなと改めてアメリカは思い出した。最近やたらサブカルチャーのイメージが強かったが。
「俺は、じとじと蒸し暑くて、嫌いだな」
「では、さっぱりと涼しいデザートはいかがです? おやつにしましょう」
「おやつ!」
 おやつという言葉に、アメリカの声がはずむ。その声音に、先ほどまでの気だるさは、もうなかった。
「今日のおやつはなんだい」
「心太ですよ」
「トコロテン?」
「ええ、たれは、甘いのと酸っぱいのと、甘酸っぱいのでどれがよろしいですか?」
「甘いの! とびっきり甘くしてくれよ」
「はい、わかりました。といっても、アメリカさんちのお菓子ほどには、甘く出来ませんよ?」
 そう言い残して、日本はふすまの向こうへと消えていく。程なくして、丸いお盆に器を二つ載せて戻ってきた。
「さあ、どうぞ」
 漆塗りの座卓にことりと、青いグラデーションが美しいガラス製の涼やかな器を置く。
「あれ、トコロテンて、ヌードルなのかい?」
「厳密に言えば違いますよ。まあ、麺状ではありますが」
「甘いヌードルって初めてなんだぞ」
作品名:雨の日の過ごし方 作家名:チダ。