雨の日の過ごし方
珍しそうに、黒蜜の海に浮いたトコロテンに箸をつける。ありえない黒蜜の量は、日本がアメリカのリクエストにこたえた結果だ。それでもアメリカは、「あんまり甘くないねー」と呟きながら、すっかり慣れた箸使いでトコロテンを器用にすすっている。日本の口元がひくっと引きつったことには気づかない。
ちゅるんと吸い込むと、トコロテンの端が踊って黒蜜が跳ね、白いＴシャツに小さな点を作った。
「アメリカさん。Ｔシャツに黒蜜のしみが飛びましたよ」
「え？」
「ほら、ここに」
そう言うと日本は、座卓の上に身を乗り出して、ふきんでしみをぬぐう。湿気をはらんでいつもより艶やかな黒髪が目の前でぱさりと揺れた。石鹸の清潔な匂いがする。日本の匂いだと、アメリカは思った。
「取れましたよ、アメリカさん。……跡が少し残っちゃいましたね」
「ああ、うん……ありがとう日本」
礼を言いながらも、離れていく体に名残惜しさを感じた。なぜだろう？ 空気はじめじめとしていて暑苦しいのに、日本からは清涼感が漂っている。
「あ、アメリカさん。そこにも黒蜜がついていますよ」
「ん？ どこだい？」
視線をＴシャツに落とすと、再び日本が体を寄せてきた。
「……ここですよ」
先ほどよりも顔が近い。不思議に思う間もなく、日本がアメリカの口の端を、ぺろりと舐めた。
「ふえっ！？」
突然の不意打ちに驚き、目を見開く。
「ごちそうさまでした」
日本はにっこりと微笑み、何事もなかったように座布団に座りなおし、自分の器を持ち上げて、つるつると上品に、汁を飛ばすことなくトコロテンをたぐった。
「にっ……日本にも黒ミツがついているんだぞ！」
しばらく呆けてしまっていたアメリカが、はっと我に返り、お返しをしようとそう言うと、
「私のは酢醤油味ですよ」
黒蜜なんてどこについているんですか？ と一蹴されてしまう。
「うー、俺にはキスをさせてくれないのかい？」
日本のいけずなあしらいに、アメリカが拗ねて口を尖らせた。
「まあ、まあ。口が寂しいのなら、心太のおかわりはいかがですか？」
「……もらう」
そういう問題ではないと思ったが、おかわりはもらうことにする。トコロテンはボリュームがないので、一杯だけだと物足りない。
空になった器をお盆に載せて、日本が立ち上がる。
「また、黒蜜でよろしいんですか？」
「うん、たっぷりね」
当然のように言うアメリカを見て、日本はくすりと笑った。
「……私も、二杯目は黒蜜にしましょうかね？」
「日本……！ それって……」
キスをしても良いと言うことだろうか？ 期待を込めて黒い瞳を見上げると、
「口についていたらですよ？」
そう言って日本は、楽しげに目を細めた。
ＥＮＤ