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静寂に願い事

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静寂に願い事




息を吸う。
吐く。
吐き出される二酸化炭素は、いずれ空気の流れによって世界中に拡散され、分散し、流れに流れて、そうしてあの人の吸う息の中にも入るのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、帝人は窓ガラスに手をついた。
新羅に告げられた小難しい病名について、覚えようと言う気はなかったし、多分、覚えたとしても何もできなかっただろう。帝人にはもうパソコンも携帯も許されない。この無菌室の中に存在するベッドと患者用の服と、そうして定期的に運ばれてくる食事。それ以外に触れることはできない。
簡単に説明すると、外の雑菌に極端に弱くなってしまったのだと、新羅は言う。
ただ体の調子が悪くて、吐き気や全身のひきつるような痛みなどが耐えがたくなり、相談に来ただけなのに。新羅は診察後すぐに帝人をこの無菌室に案内し、その場で入院が確定した。
新羅が言うには、とても珍しいというか、世界にも数例しか発祥の先例がないものらしい。故に、有効的な治療法も分かっておらず、ただ、雑菌に触れなければ寿命を延ばすことができるだけだと。
外の世界の手続きは、すべて新羅が処理してくれた。学校への休学届も、両親への報告と病状や対策の詳細説明も、友人知人たちへの報告も。
ガラス窓越しの面会になるけれど、正臣や杏里も時々尋ねてくれる。学校であった事や、正臣のナンパ失敗談、正臣がつまらないジョークをいい、ツッコミ不在のむなしさを嘆いたり、それに杏里が謝ったり。
夜の遅い時間を狙って、臨也も来る。たいていは勝手にしゃべって勝手に帰っていくけれど。疲れてしまうので帝人はあまりしゃべれない。そこが、話し相手として最適だと判断されたのか、それとも、帝人に話し相手がいなくてつまらないだろうとでも思っているんだろうか。
そして、あの人も。
平和島静雄は、朝にやってくることが多い。差し込む光に照らされてキラキラと輝く金色の髪が、とても綺麗で、帝人は起きているときはいつもそれに見とれている。
静雄は、何も言わない。
臨也のように意味のないことを話したりもしない。
正臣のようにおどけて見せたりしない。
杏里のように、気づかいを見せることもない。
セルティのように優しい言葉を向けることも、新羅のように病気について調べたことを報告してくれることも。
ただ黙って、静かに、そこにいる。
サングラスの奥の瞳は逆光になってよく見えないけれど、空気はいつもとても静かだ。時折何かを言いかけては、口をつぐんで、所在なさげにうつむいたりして。
静雄さん、と話しかけることもあったが、帝人の声に静雄は顔をあげて笑って見せるくらいしかしてくれず、質問を投げかけても、声を聞くことはできなかった。どうして何も話さないのか、分からないけれど、不器用な静雄のことだからなにか理由があるのかもしれない。
帝人の体は、静かに静かに内側から腐っていく、と新羅は言った。そういう病気なのだそうだ。内臓が腐り落ちて、そうして、ただゆっくりと体中をむしばまれ、死を待つしかなくなると。
文献をあさって医学の専門書や参考書を調べまくって、それでも助かった前例が出てこない、と新羅は正直に帝人に告げた。
だから帝人君。悪いけど君には、死を覚悟してもらわなきゃいけないかもしれない。
申し訳なさそうに新羅が笑っても、帝人には何も言えなかった。
後悔が、あるのだろうか。
帝人はもう一度、意識して息を吸う。
吐く。
この空気がいずれ、大切な人たちの体の一部となってくれればいいと思うけれど。
死を目の前にして、帝人にはこれと言って「何がしたい」だとか「どこへ行きたい」だとか、そういうことは浮かんでこなかった。欲がないというわけではない。できればもう少し生きたい。けれども死にたくないと思える位に強い感情は、自分の中にあるのだろうか。そう考えると何も浮かんでは来なかった。
ただ。
一つ整理のつかない、宙ぶらりんのままの気持ちが、ぐるぐると帝人の中で渦を巻いている。あの金色の光が、昼も夜も帝人の脳裏から離れない。
静雄が、ただ黙って帝人を見つめる、その距離感。あの静かな空気を前にすると心がきゅうと音を立てるような気がする。その無言の中にしか伝わらない何かがあるようで、いつも帝人はそれを読み取ろうとして、うまくいかなくて、静雄はそんな帝人をただただ、見つめている。
そのサングラスの奥の瞳が、どんな表情を映しているのか、無性に知りたかった。
死ぬ前に、沈黙の理由を明かしてくれるだろうか。帝人に何か気がかりがあるとしたら、それだけだ。
死ぬ前に。
あの人はもう一度だけ、帝人の名前を呼んでくれないだろうか。




「あれねえ、静雄の願掛けなんだよ」
全身を保護服で包んだ新羅が、厳重な殺菌を終えて診察のために帝人の病室にやってくるのは、毎日昼過ぎと決まっていた。その日も静雄は朝にやってきて、ただじっと帝人を見つめて帰って行ったので、思い切って新羅に尋ねてみたら、思いがけない言葉が飛び出す。
「願掛け?」
あまり、あの人に似合わない言葉だと思い、帝人は首をかしげた。そんな帝人の様子に新羅は苦笑して、内緒だよと声を落とす。
「帝人君がこんな病気になって、一番うろたえたのは、実は静雄なんだよね」
「え・・・?」
「あんまり自然にそこにいると思っていたから、急に居なくなるって言われても困る、ってさ」
あんまり自然に。
ああそういえば、どうして帝人は、これほどまでに静雄と親しくなったのだったろう。全く覚えてないと言うことは多分、きっかけもないくらいの、本当に流れに身を任せたらいつの間にか、ということなのだろうか。
「そう、ですね。そう言えば、いつの間にかそばにいたような気が・・・」
「だからさ、それであんまりうろたえるもんだから、セルティが言ったんだ。一番好きなものを我慢すれば願いがかなうと言う願掛けがあるぞ、って」
「好きなものを、我慢する・・・?」
そう言えばそんなことが、昔、クラスの女子の間で流行ったような気もした。あんな、思春期の少女たちがこっそり行うような願掛けを、あの静雄が?
「えっと、あの、でも・・・それじゃあなんで、話さないんでしょうか?」
昔クラスの少女たちが我慢していたのは、ケーキだとかプリンだとか、食べ物が多かった気がする。それを言えば、新羅は小さく笑った。
「セルティはチャットを我慢してるんだ」
「え、セルティさんまで・・・?」
「そう、何も、食べ物には限らないでしょう、こういうの」
だからね、と新羅は、少しだけ眉根を寄せて。


「君との会話を、我慢してるんだよ、静雄は」


嬉しかったんだってさ。普通で、平凡で、当たり障りがなくて、時々くすくすと笑い声が漏れるような、そんな、当たり前の会話が。
嬉しかったんだって。君としかそんな会話はできないって。セルティと話すのとも違って、心がどこかほわっと暖かくなるんだってさ。まるで自分が普通の人間みたいに感じるんだって。君の隣に当たり前のように笑っていられる気がするんだって。君と、当たり前のように言葉を交わせるような、気がするんだって。
馬鹿だよね。
作品名:静寂に願い事 作家名:夏野