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「……トムさん、警察がくるっす、行きましょう」
 静雄に声をかけられてトムは我に返った。
「おう、走るべ」
 促されて二人で共に駆け出す。走りながら静雄は申し訳なさそうに後ろを振り返った。
「すんません、標識代、またかさんじゃいますね」
「気にすんな。まぁもう少し少ないと助かるっちゃ助かるがな」
 角を曲がって走ってさらにもう一つ。見慣れた雑踏のなかに分け入って息をついた。トムはまだ後方を窺う静雄を横目にベンチに腰掛けて煙草に火をつけた。
「すんません」
 すっかり撒いたことを確認して、静雄が再び謝る。
「いいって言ってるべ。そんなことより静雄」
「なんっすか」
「十八枚目」
 静雄がきょとんと目を開く。破れた服を指差してトムは眉を下げた。
「俺が知ってる限り、破れたのそれだけいってるぞ。確か弟からもらった服って二十着って言ってなかったっけか?」
「……よく覚えてますね」
 他ならぬ静雄のことだから、とはおくびにも出さずゆっくりと煙を吐き出した。
「まぁなくなったら私服で行動しますよ」
 取れかけたタイをとめながら、静雄が憮然とした表情で呟いた。
「制服がないっつってもおまえのそれはすっかりトレードマークだからなぁ」
「別になくてもいいんじゃないすかね」
「弟からもらったもんだろ、お前の制服と思って着続けてやれよ。暴れてる回数少ないってわかって弟も安心すんだろ」
 言うと静雄は気まずげに視線をそらした。
 トムは煙草を携帯灰皿に入れてくしゃり握りつぶす。
「……」
 これは弟を騙すことに他ならない。本当は暴れ回っていて、貰った以上に服を破いてしまっている兄の、本当の姿を弟から隠す。せっかく大量に服をプレゼントしてくれて、なおかつ我慢がきかずにすべてを破ってしまったとなったら、優しい静雄のことだ。きっと弟に顔向けできないなどと言い出すに違いない。
「静雄」
「なんですか」
「買ってやる」
「え」
「だから、もらった服がなくなってもそれ着続けていられるように、俺が買ってやるって」
「え」
「え、じゃなくてよ。イヤならいいけどよ」
 静雄は突然の申し出に、キレることはしなかった。むしろ純粋に驚きだけをその表情に浮かべている。
「いや、イヤとかじゃないですけど、悪いっすよそんなの」
 当然のように遠慮する静雄に、さらにトムは淡々と続けた。
「俺が、お前に買ってやりたいの。お前のその服、似合ってるし遠目からでもすぐわかるし、お前も毎日着る服悩まなくていいし、便利だろ?」
 本当は別に服にこだわらなくともこの身長で金髪でこのオーラで、一発で彼を見つけることなどわけない。だけどトムにはどうしても欲しいものがあった。
「トムさんに買ってもらわなくても俺そんな言うなら自分で買いますよ」
「いや、お前のためじゃないよ」

 ――自分のためだよ。

 彼が自分が贈った服を傷つけられて叫ぶ様を見たい。
 自分も彼にとって大事な人間の一人なのだと、胸を張って言える自信が欲しい。

「?」
 呟くように言ったトムの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、静雄は首をかしげた。
「まぁ気にすんなって。お前にはいつも仕事で助けてもらってるけどさ、お礼ってことにしておいてくれればいいべ」
「はぁ……」
 静雄はとんとんと話を進めるトムについていけずに困惑しながらもしぶしぶといった態で頷いた。
「まぁそうは言っても俺の薄給じゃ二着がせいぜいってとこだろうけど、カンベンな」
 そういって笑うと、つられるようにようやく静雄の顔にも笑顔が浮かんだ。
作品名:プレゼント 作家名:みづき