プレゼント
中学のときから静雄のことをかわいいとは思っていた。別に「そういう」意味ではない。単純に周囲から恐れられる男が、なぜだか自分には良くなついてくれていたからといってしまえばそれだけだが、そういう人間は素直にかわいい。だけど静雄はそれだけではなかった。
それまでトムも腹を割って話せるような友達はいなかった。それなりに仲のいい友人はいたけれど、単に他愛もないことでつるんで馬鹿笑いするだけの「他人」でしかなかった。
ひと暴れしたあとの夕方、屋上で静雄がおそらく他人には話したことのないだろう悩みを初めて打ち明けてくれたとき、心の奥が熱くなったことを覚えている。
こういうのを愛すべき人間というのだろうか。
強いくせに寂しがりや。強いくせに一人ぼっち。
彼の中で人知れず吹き荒れる悲しみを聞くにつれ、胸が痛くなった。俺がいてやらないととまでは言わないが、できればそばにいてやりたい。自分に話してくれることで彼の荷物が少し軽くなるのならば、少しでもそばにいてやりたい、そう思った。
自分にもし弟がいれば、こんな気持ちなのだろうか。とはいえ自分のことを赤裸々に話してくれたのは後にも先にもそれきりだったのだが、それでも充分だった。話をし終えた静雄が静かに目を伏せて自分たちの周りを吹く穏やかな風に身を任せて沈黙する。自分からそれ以上静雄の中に踏み込むようなことはしなかったけれど、ただ話をきいてやって二人で空を見上げる、確かに感じた静かな信頼が嬉しかった。
静雄がかわいいというのはそういうことだ。有体に言ってしまえば「守りたい人間」とでも言ったらいいのだろうか。中学時代からも最強とすでに恐れられていた男を捕まえて「守りたい」というのもおかしな話だが、彼の中に確かに眠る人恋しさを垣間見て放っておくことはできなかった。
(そ、放っておけないんだよ)
静雄が聞いたら激怒しそうなので言ったことはないが、今に至るまでその気持ちは変わっていない。
高校を卒業して数年ぶりに池袋に戻って静雄に再会したのは偶然ではない。あの日彼が捕まったという情報が入ってきたとき、妙に落ち着かなくて仕事もそこそこに片付けて偶然を装って会いに行ったのだ。それまでバーでアルバイトをしていたという静雄はその長身に良く似合う黒いバーテン服を身に着けていた。職を失った彼を仕事に誘うと、彼はいいんですかと躊躇いながらも承諾してくれたのだが、私服でいいと言ったにもかかわらずなぜかその服を変えることはなかった。
『何か思い入れでもあるのか?』――思い切って聞いてみると、静雄は困ったような顔をしながらもこっくりと頷いた。弟からもらったものなのだと。職を変えることのないように大量にプレゼントしてくれたとのだと。穏やかに話す静雄の顔を見て、トムは弟に報いようとする健気な思いをほほえましく思っていたのだが。
笑顔でそれを受け止めながら、心のどこかが軋む気配を感じた。
(気付いちまった……)
ああ。なついてくれるだけでいい、見守っていられればそれでいいなどと思っていたのは実は建前でしかなかった。本当はお前の信頼を受けて、お前が一番安心できる場所でありたかったんだよ。この気持ちをなんていうかなんて知ってる。独占欲、と。人は言うんだろう。
他ならぬ身内に対して嫉妬もなにもないというのはわかってはいるが、正直言って平和島兄弟の絆が羨ましかった。兄を気遣う弟。それに応えようとする兄。弟の思いを踏みにじる人間には容赦なくキレかかる静雄。極端な愛情表現だが、それを受け取ることのできる弟がどうしようもなく羨ましかった。
(ああ、ほんとになぁ)
かなわない。肉親の絆というやつには太刀打ちできない。
トムにとっては弟のような存在の静雄。静雄は果たして自分のことを兄と慕ってくれているだろうか。慕ってくれているのはわかる。なついてくれているのもわかる。あくまで「先輩」として、だが。
自分が侮辱されても、静雄は同じように叫んでくれるだろうか。
――わからない。
あの兄弟のような絆は、自分は手に入れることはできないのだろうか。