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万有斥力のせいではないので

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その時、荷物だと思っていた大きな黒い影が動いた。静雄の口元から吸いかけのタバコが滑り落ち、アスファルトに小さな焦げ目を作る。哀れな最期を遂げたそれにも気付かず、持ち主は影から出てきた少年を食い入るように見つめていた。

「こんばんは。ごめんなさい、立ち聞きしちゃったみたいで」

「いや、っつーか」

『昨日帝人もお前に気づいていたんだ。その時様子が変だったと相談を受けて、お前が帝人に会いたがっていることを伝えたんだ。そしたら、帝人がお前に会う仲介をしてほしいと言うから連れてきた』

「余計なことをしてしまってすみません。でも偶然に頼ってたら、いつ会えるかわからないから」

黒々と澄んだ目にサングラス越しに見つめられて、静雄は焦った。

「いや、それはいいけどよ。別に俺も用があったわけじゃねえし…」

「え、っと、ああ、そうですよね!ごめんなさい!先走っちゃって。僕も平和島さんとお話してみたかったから…。迷惑でしたか?」

まだ幼さを残した柔らかそうな頬に、ぱっと朱が散る。大人しそうに見えて、こんなに行動力がある奴だったのかと驚いた。平和島静雄が合いたがっていると聞けば、普通の人間ならば怯えて逃げようとするだろう。そういう反応を山ほど見てきた静雄には、帝人の行動も言葉も予想外過ぎて、何を言えばいいのかわからない。

帝人の行動は思い切りが良すぎる気もするが、しかし、その言葉は正しい。偶然に頼っていては、いつ会えるかなんてわからないのだ。

「迷惑なわけがねえだろ」

照れ隠しに、小さな頭を乱暴に撫でると、同年代と比べても軽い帝人はいとも簡単にバランスを崩した。

「わっ!」

「っ、悪り!」

前のめりに転びかけた帝人の腕を掴んで支え、その軽さに驚く。

「お前軽すぎだろ…」

「僕は普通です!平和島さんが大きすぎるだけです」

「普通じゃねえだろ。その辺うろついてるガキどもでももっと体できてるぞ」

「うう。どうやったら、大きくなれるんでしょうか」

「牛乳飲め。俺は毎日飲んでた」

「僕だって飲んでます…」

「……まあ、気にするな」

「平和島さんが言い出したんでしょう。もう」

若干拗ねた顔で、文句を言う。どこにも拒絶や怖れの見当たらない態度が、この上なく嬉しい。

ああ、こんな風に話してみたかったのだと、口元が緩む。

拒絶に慣れて、踏み出すのに臆病になっていた。日常は静雄をはじき返すもので、静雄もまた平穏を壊してきたから。でも、帝人はこうしてためらいなく踏み込んできた。本当は、お互いを撥ね退けあう力なんてありはしなかったのかもしれない。どんなに近くても、ただ待っているだけでは、会えるわけがないのだから。





そして、じゃれあう二人はすっかり忘れていた。

『もうそろそろ私は帰ってもいいか?』

誰にも見られないPDAを虚しく掲げて待っていた、人のいいデュランハンのことを。






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斥力とは引力の逆の力です。恋に落ちるのは万有引力のせいではないと著明な物理学者が言いました。じゃあ、恋を始められないのは万有斥力のせいかというお話。物理学的知識については浅薄なので、あまりその辺はつつかないでやってください。

静雄がへたれすぎた。