その名を呼べば
「お、音無さん、水!」
直井が水が入ったコップを差し出そうとした。
だが、音無は身振り手振りで、水を断る。
「美味いっ!」
本当に美味しそうな笑顔をしていた。
「水、ありがとな。でも、これは辛いのも楽しまないと、な、奏」
呼ばないで。
「結弦」
呼ぶな。
「どうした、奏」
「口についてる」
天使はポケットからハンカチを取り出そうとした。
だが。
「僕が取りますから!!」
直井は指で口元をそっと触れる。
赤い液体が指についた。
それを舐めた。
「うっ…」
それはまるでマグマを舐めたかのように、
熱さと痛みが直井の口を襲った。
直井は咳き込む。
「大丈夫か、直井!?」
「へ、平気…です…」
「水」
天使が直井に水を渡す。
「いらない」
直井はすげなく天使からの水を断る。
「…僕、食欲無くなりましたから…」
直井は食器を片付ける。
「直井…」
「失礼します」
直井は振り返らずに、学食を出た。
屋上。
まだ痛みが残る口にコーヒーを飲んで、鎮める。
どうして、こんな思いをしなければいけないんだろう。
どうしたらいいのかわからなかった。
「結弦さん…」
「どうした?」
「えっ!?」
振り返る。
そこには音無がいた。
「え、音無…」
「結弦でいいよ」
「聞こえましたか…?」
「ああ」
音無は直井の隣に座る。
「天使はよかったんですか?」
直井の声は刺々しい。
「…」
音無はぽんっと直井の頭を撫ぜる。
「ごめんな、直井…」
「許しません」
「どうしたら、許してくれる?」
「名前…」
「え?」
「僕も名前で呼んでください…。天使ばかりずるいです…」
するりと出てきた我がまま。
言ってから受け入れてくれるのか、直井は心配になる。
「わかった」
音無は受け入れてくれた。
音無は直井の瞳を見つめる。
「文人、好きだ」
「…っ…」
直井は顔が赤くなるのを感じた。
「ゆ、結弦さん…僕も…好きです…」
「呼び捨てでもいいんだけどな」
「あ、いえ、それじゃ、天使と同じになるから嫌です」
「そういうものなのか?」
「はい…」
「俺が好きなのは文人だけだ」
「はい…僕も結弦さんだけが好きです…」
「…」
音無の顔が直井に近づいてくる。
直井はそっと目を閉じる。
帽子が取られた感覚がして、そして。
「…辛いですね」
直井と音無は笑った。