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彼の選択、俺の見解

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「で、ユキに何を言ったんですか」

アルバイトだろう店員がジョッキを二つ危なげなくテーブルに置き、伝票を伏せて去っていく。向かいに座るニコチャン先輩が、先に来ていた青椒肉絲をつまむ手を止め、運ばれてきたばかりの生ビールを豪快に流しこんだその瞬間に、やっと本題に触れることができた。
あー…という声はビールへの賛嘆の声ではない。
何と言ったらいいのか思案しているのだろう、彷徨う視線がゆっくりと2回瞬いて、俺の視線とかち合った。

「それが、わかんねぇんだよなぁ……」

重いため息もがやがやとした店内では耳を掠める程度にしか届かない。飲んではため息をつき、トレードマークの煙草にも火を点けずに指先で弄ぶ。
これは、相当弱ってるな…。
「ユキの様子が変わったのはいつからですか?それぐらいは覚えているでしょう?」
話を進めようにも状況すらわかっていない俺ではなかなか言葉は出てこない。早くもジョッキが半分になる。
「先週の日曜に、二人で飲みに行った。…たぶん、その時のことが原因、なんだろうけど…」
先輩の言葉も途切れがちで、続かない。これは思い浮かばないのではなく、言い淀んでいる感じだ。
「何かあったんですか?」
ばつが悪そうに顔をしかめ、また一つため息をついてから観念したように呟いた。
「覚えてねぇんだよ、そん時のこと。いや、全く覚えてないわけじゃないんだが……その日、高校の友達の結婚式でさ、ユキと飲む前にも結構酒入れてて。正直あんま記憶がないんだわ」

そういえばその日は珍しく、先輩が酒に呑まれていたようだった。呑まれるといっても所詮この人もうわばみ。いつもより少しよく喋る程度で、受け答えはしっかりしていたし、足元も安定していたからそれ程気に留めなかったのを思い出す。
「何を話したとか、少しでも覚えていることはないですか?気になることとか」
なんだか刑事ドラマに出てきそうな台詞だ。弁護士を目指しているユキとは違って、自分には全然似合わない。
問い詰められた容疑者(または依頼人)は思案顔で唸り声を上げる。
そう言われてもなぁと弱弱しい声に続いて、独り事のような言葉が漏れる。

「今、なんて言いました?」

「あ?いや、結婚式ってのはやっぱ、いいもんだなって話を」

少し、見えた気がした。その欠片を逃すまいと、手繰り寄せるように言葉を繋げる。
「結婚とか結婚式に関して他に何か話したこと覚えていますか?」

「?あーっと、鈴木…ってあー、結婚した俺の友達な?そいつにしてはえらく綺麗な嫁さん掴まえててむかつくくらい幸せそうだったとか、式に着ていける服なんて持ってなくて実はこれ親父のだとか、お前だったら結婚式でどんな顔するんだろうなとか…」

たぶん、気付いていないのだろう、この人は。
まぁだからこそ、今この状況にあるとも言える。
今度はこちらがため息を吐く番だ。

「先輩。たぶんそれですよ。それ全部。…あ、流石にお父さんの礼服の辺りは関係ないと思いますけど」
「どういうことだ?」


ユキにとって結婚はまだ現実味のないただの話題の一つに過ぎなかっただろう。大学に入ってやっと一年が経ち、彼は将来に向けて着々と歩を進めている。唯一のハプニングといえば、目の前のニコチャン先輩と“お付き合い”が始まったことくらいだろう。
ここについてはあまり詳しくは聞いていないが、まぁ収まるところに収まったんだと思っている。
順調に見えたからと言って問題がないわけではない。
何といっても、同性同士だ。今の日本で波風立たずにいられる方が難しい。


当然、結婚なんてできるわけがない。


学年こそ一つ違いだけれど、この人は俺たちより3つも年上である。少し早いと言えなくもないが、結婚を迎えてもおかしくない年齢だということを思い知らされてしまったのだろう。そしてその相手となることができるのは、自分ではないことも。




と、そんなところを掻い摘んで説明する。
あくまでも推測の域であり、言ってしまえばユキの胸中はユキにしかわからない、ということは念を押しておく。
しかし予想でしかないが、当たらずとも遠からずといったところだとも思う。
ニコチャン先輩の話に、むかついたのか悲しかったのか冷めてしまったのか。あとは本人に聞くとしたもんだろう。

「あー…やらかしちまったなぁ。そんなつもりで言ったわけじゃねぇんだが…」

背をもたれ、完全に脱力しながら天井を仰いでいる。

「ユキの明日の授業は昼からですよ」

アオタケの住人の時間割りくらい、そらで全員のを言える程度の自負はある。

「悪ぃな」

先輩が苦笑して、残っていた金色の液体を流し込む。俺のはとっくに空っぽだ。

「でも先輩は1限でしょう?間に合うように起こしますから」
「……。それは別に、い」
「起こしに行きますから」
「………すまん」

あまり先輩を苛めるのもよくないので気休め程度のフォローは入れる。

「でもまぁ、ユキならわかってくれますよ」

気休めではあるけれど、嘘をついているわけじゃない
プライバシーも何もあったもんじゃないアオタケで、伊達に一年の時を過ごしてきたわけじゃない。

ユキは、この先輩が選んだ“特別”に位置するあの男は――そういう奴だ。


「あぁ、そうだな」


まぁそれは、誰より目の前のこの男の方が、わかっていることなのかもしれない。
作品名:彼の選択、俺の見解 作家名:このえ