独立前夜
なにげない言葉なのに、イギリスはその言葉に波立った心の深いところが、穏やかに凪いでいくのを感じる。
今だけでも、それが嘘でも、ここにいると言って欲しい。
ここにいるから大丈夫と言って、俺はヒーローだから、と笑って欲しい。たとえ明日、イギリスの庇護を離れて、飛び立ってしまうとしても――。
触れ合わせた指先の肌が、イギリスにアメリカの持つ熱量を伝えている。生まれて間もない国の持つエネルギー。力強く、あらゆるものを生み出そうとする前向きな力。その源の熱が、イギリスにゆっくりと浸透してくる。
「アメリカ」
「なに」
「もう、大丈夫だから」
アメリカが薄暗い室内で、確かめるようにイギリスを覗き込んだ。
「手、当ててくれてたおかげで、少し眠れそうな気がする」
「本当に?」
「あぁ。だから、アメリカももう寝てくれ」
アメリカはいぶかしむように眉根を寄せたまま、まだ掌を離さなかった。イギリスは無言で触れていた指先を、力付けるように軽く握った。
「……わかった。なにかあったらすぐ呼んで。俺はまだ、しばらく起きているから」
「意外に心配性だったんだな」
「君が心配させてくれないから、そうなっちゃったんだよ」
よくわからない理屈を洩らすとアメリカは触れていた手を離し、そっと立ち上がった。ベッドを揺らさないよう気を遣った所作なのがわかった。
「じゃあ、おやすみイギリス。良い夢を」
良い夢を。イギリスはいつもは引っかかることすらないその言葉を、口の中で反芻した。しかし痛みと疲労で集中を欠いた頭では、なにが引っかかったのか考えはうまくまとまらず、結局挨拶は鸚鵡返しに口を滑り出た。
「おやすみ、アメリカ。良い夢を」
目を閉じて耳を澄ます。アメリカが部屋を出て、扉を閉めるかすかな音がして、部屋の中の物音は絶えた。
それからアメリカが隣の部屋に入る、扉を開け閉てする音と、ベッドに腰掛けたらしい、小さな軋み音を聞いた気がした。けれど、それ以上は意識が半端な眠りに飲み込まれてわからなくなった。
そして静かになった部屋に、数瞬前の思考が揺り返す。
今の自分には、一体どんな夢が良い夢なのだろう。アメリカにとっての良い夢とはなにか。
思い描くのは、互い独立した姿なのかもしれない。あるいは過去の、もっと始終一緒にいた自分達の姿なのか。
――もう、なにも考えまい。
少なくとも、今は忘れよう。イギリスは小さく呻き、痛む頭を押さえて寝返りを打った。
かすかな眠気を掴まえようと、縋るように目を閉じる。意識を手放して、あとは泥のような眠りに落ちることだけを。なにも考えず、感じず、思い出さず、目が覚めたら暗い夜が明けていることを、イギリスは切実に願った。
END