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きみの好きなひと ぼくのすきなひと

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人も国も、忘れながら時を歩む生き物だ。
不必要な記憶を捨て、新しい経験を取り込む。そうして生きていく。

不必要な記憶は、二種類に分けることが出来るだろう。
ひとつは、日常の中のほんの些細な、覚えていなくても生活に支障をきたさない程度の記憶。
もうひとつは、抱えたままでは、前を向いて歩いて行く事が困難になってしまう程、辛い記憶。

イタリアの中に甦った記憶は、後者のものだった。

指先を起点に全身の血の気がサァッと引いていく。

なんで思い出しちゃったんだろう…

永い永い時間封印されていた記憶はとても曖昧なものになっていた。
そんな曖昧な闇の中に、たったひとつだけ浮かび上がった声。

『あいつはもう、いないんだ。忘れろ』

どこで誰に言われたのかも思い出せない。

ただ鮮明に甦ったのは、
大好きなあの子は、もう居ないと告げられた事実だ。

動悸が激しくなる。
膝が震え、立っていられなくなったイタリアは、その場にうずくまった。
*****


不鮮明な記憶が引き起こす鈍い頭痛を洗い流す為に、
ドイツはいつもよりかなり長めのシャワーを浴びていた。

『ドイツ好きな子いるんだ どんな子なの?』

あの言葉に呼応するように甦った遠い声

…Ich mag dich!…

あれは誰の声だ?
一体、いつの記憶だ?

考えても、考えても
あまりに曖昧なそれは、明確な姿を現さない。
頭痛は治まるどころか、じわじわと増す傾向にあった。

やめよう。
これ以上考えて何になる。

古い記憶だ。思い出せなくても何かに支障が出る訳でもなかろう。
第一、思い出せないということは大して必要な記憶ではないという事だろう。

そう思うのだが…

消すことの出来ない声が彼の思考を引き留める。

いつのことだったのか
誰の声だったのか

何ひとつ具体的に思い出すことは出来ないのに
耳の奥に反響するそれは、泣き声で訴えかけてくるのだ。

お前が好きだ と。

その声を、両手を広げて受け入れたい そう思った自分が 居た…?

わからない。
ただ、その泣き声に惹き止められている自分が 今現在、こうしてここに居る。
…どいつー!!!…
そう、この泣き声に… ん!?

ドイツは我に返り、耳を澄ました。
水音に紛れて聴こえてくるこの声は…

シャワーを止め、手早く着替えを済ませて、足早に声のする方へと向かった。

「どうした!イタリア」
キッチンのドアを開けると床にうずくまっていたイタリアが顔を上げた。

「ドイツー!」
イタリアは涙で顔をグシャグシャにしたままドイツに飛びついた。

「こらっ!なんだ突然!離れろっ!」
風呂に入ったばかりなのにベタベタの顔でくっつかれたら敵わん!しがみつく手を振り解こうとして、
ドイツはイタリアが小さく震えていることに気が付いた。

無下にしてはいけない気がした。

イタリアが泣くのは日常茶飯事だ。しかし、この泣き方はいつもと違う。そう感じた。
ドイツは小さくため息を吐き、静かな声で再びイタリアに訊ねた。
「どうしたんだ?何があった」

「ドイツが居てくれてよかった…」
イタリアは、しゃくりあげながら小さく呟いた。背中に回した手がシャツをギュッと握りしめる。

「俺、大切な人が居たんだ。でもその人遠くに行っちゃってさ。ずっと、ずっと待ってたんだけど、帰って来なくて そのまま居なくなっちゃったんだ…」

顔を伏せたまま言葉を続ける。
「ずっと思い出さないようにしてたのに、急に思い出しちゃって、そしたら凄く怖くなっちゃって…」
「イタリア…」
泣き虫でヘタレだが、いつも南欧の日差しのように明るい そんなイタリアの常ならぬ姿にドイツは戸惑い、掛ける言葉に詰まった。

しかし、次の瞬間、顔を上げたイタリアは泣き顔から笑顔に変わっていた。
「でも、ドイツが来てくれたから、もう怖くなくなっちゃったよー!」

それを見て、ドイツは心底ホッとした。それは長雨の後、久々の晴れ間を見つけたときの気分に似ていた。
つい口元に浮かびかけた笑みを打ち消して、
「なら、もう大丈夫だな。いい加減離れろ。暑くて敵わん」
ヤレヤレという態度でイタリアの腕を解こうとした。
だが、イタリアは離れようとせず、逆に腕にギュッと力を込める。

「おい!イタリア何のマネだ、暑いと言っているだろうが」
そう言いながらイタリアの顔を見て、ドイツはハッとした。

笑顔のイタリアの瞳から、涙が溢れていたのだ。

「ねぇドイツ 俺、お前と逢えて良かったよー」
涙は次から次へと零れ落ちて行く。

「お前と一緒に居ると、なんにも怖くないんだ」
笑っているのに、泣いている。

「だから、これからも一緒に居てね…ひとりでどっかに行っちゃったりしないでね」
笑顔が崩れて、泣き顔に変わる。

「お願いだから…」

「泣くな!」
咄嗟に、ドイツはイタリアを強く抱きしめていた。

自分でも、何故だか解からなかったが、これ以上こいつを泣かせてはいけない。その一心だった。
「どこにも行かないから…もう、泣くな」

ドイツのシャツの胸元に顔を擦りつけながら、イタリアはヴェーと一声呟いた。
「ありがとードイツ、お前って優しいね」

次にイタリアが顔を上げたときには、もうどこにも涙はなかった。

「Ich mag dich!」
再び現れた太陽のような笑顔に、

「…Danke」
つられてドイツも微笑んだ。
その表情は、太陽の光を受けて灯る月明かりの柔らかさに似ていた。

対の笑顔は、互いの記憶の闇をも照らしてくれる気がした。

思い出せない記憶を持つ青年と、忘れられない記憶を持つ青年
ふたりが静かに身を寄せ合う様を、夜の漆黒だけが見ていた。

(ENDE)