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去り行く風のかたち

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『去り行く風のかたち』






短い別れの挨拶さえ残さず、それはとても簡単に。









だから、いやだったのだ。

スコール=レオンハートは奥歯を噛み締め、その叫びを体内へ反響させた。
己の反応を半瞬ずつ遅らせているのは受けた傷の所為では無い。信じ難かったからだ。
己の身が己の精神を裏切った、その事実がスコールにとっては到底受け入れ難かったのである。





それぞれが無事にクリスタルを入手し、かの調和の女神の許へ向かう道中。
しばし休息を取る事になり、スコールと他二名、バッツ=クラウザーとジタン=トライバルが周囲の様子を伺う為それぞれの方向へ駆けて行った。
休息と言ってもまさか完全に非戦闘態勢へ戻るわけでは無いから、突如襲来されても対処できぬ事は無いのだが折角身体を休めようという場所がもし敵地に近いとでもなれば、休んでいる場合では無くなるので。
加えてスコールは、兵士である。兵士にとって、休息を取る前に周囲の状況を調べておくのは当然の事だ。そう言うと、バッツとジタンは顔を見合わせながらもその言に納得し、それぞれ別の方向を手分けして見に行ったのだったが。

俺が当たったか

しかし己に敵が当たるのは都合がいい。
肩へ背負い上げた愛刀、ガンブレードの柄を強く握り直した。湿るような、ひたひたとした闇の気配が首筋のおもてを這い擦っていく。
イミテーションと呼ばれる幻影の兵。混沌の神カオスの尖兵であり、どのような原理か、幾らでも増殖する幻の雑兵。先刻まではただただ夜の色をしていた静かな月の渓谷にぽつりと、いつのまにかその気配が沸き出していた。
淡い月明かりの下、スコールは左眼を眇めてそれを見据える。
まだ随分先で二ツの剣を両の腕に構えている、その姿。それは。

よりによって

舌打ちをした。
けれど、舌打ちした理由についてすぐにきつく自問する。
己は今、舌打ちなどするべきでは無かったし、する必要など無かったというのに。
イミテーションというのは混沌の掌に在るものたちばかりでは無い、スコールのようにコスモスの許で調和の為に戦うものたちの姿さえも写し取っては真似る。
そして今スコールの前に現れた幻影は、他ならぬ、行動を共にしているバッツのかたちをしていたのである。
これは偶然なのか。或いは彼らが共に居る事を知っていてこのかたちを使ったのだとすれば、混沌の神もなかなかに手が込んでいる。
しかし。
否である。スコールは左眼を眇めたまま声無く嘲笑した。

「………………残念だったな」

技を真似ようと、姿を象ろうと、それがまがいものである事に違いは無い。そのようなものに翻弄され、動揺するとでも思うのか。もしそれを狙ったのであれば笑ってしまうくらいに拙い策だ。

「俺に、そんなものは、通用しない」

それがたとえバッツであろうと。ジタンであろうと。同じこと。これは戦いである。此処は戦場である。甘い感情の流れ込む隙間など有り得ないのだ。
射るように幻影を見据え、白銀色の刀身がひんやりと強く煌いた。それへ誘われ、影が地を軽やかに蹴る。
そうして戦いが、始まった。



ひと駆けで距離を詰める、その速さが尋常では無い。ジタンほどでは無いだろうがバッツの運動速度も相当なものだ。
スコールは近距離での戦いを主にする、だから相手に近付かねば始まらぬ。しかし近付き過ぎればあの速度を全て捕捉し切る事が難しい。一方幻影の方は、遠距離に対応する飛び道具の光弾、上空からの斬り込み、近距離からの打ち上げなど一揃いの技を持っている。離れても、飛び込んでも、幻影は、見覚えのある技を次々に繰り出した。

当人の技がそもそも模倣だってのに、模倣の模倣ってのはちょっと、卑怯なんじゃないか

スコールは思わず胸中毒づいた。
性能の良い技ばかりをひとから拝借しているのがバッツである、強いのは当たり前だ。敵にしてみて初めてその強さを痛感する。ここまで戦い辛いとは。

「しかし…………、勝てないわけじゃない」

夜の色を受けて鈍く光る愛刀を水平に構えた。
幾ら良い技だとて、途切れる事無く放てるものでは無い。間隙は必ずあるのだ。針を突き刺すようにしてそれを狙う、それが戦いだ。
慢心しているのかはたまた何も考えていないだけなのか、幻影は弾丸の速さで宙を跳んだ。そして、その勢いのまま地面ごとスコールの身体を突進から浚い上げた。

「、く」

やはり速い。
備えていたのにも関わらず予想していたよりも速いその切っ先に巻き上げられたスコールは、打たれながらも身を丸めて己を守った。
すさまじい連撃だが、最後に来る斬り下ろしさえ耐え切れれば。直後の幻影は無防備なのである。黄に白にと散る火花に視界を焼かれながら、ひたすらに息を詰め、スコールはその瞬間を待った。
数度往復して打ち上げ、斬り、昇り詰めたその頂から垂直に突き落とす。
スライドハザードという名のその剣技。
それが地で終わる、その時を。
幻影の刀の先がスコールを地に叩き落とすべく、逆手に持ち返られた。早くそれを振り下ろせと、スコールは口角を歪ませてさえいた。
それを防いだ瞬間、近付いた身体へ爆風を巻き起こす。
エアリアルサークルは彼の必殺技といってもいい。ここまで引き付けて放てばただでは済まないだろう。己の方へ振り下ろされる刀の先の鋭利な光点を虹彩に映しながら、スコールの掌は赤い力を集めていた。
刹那の時を決して見逃さぬ。
溜めてきたこの力を全て爆発させてやる。それで、終わりだ。

しかしその時。彼が待ち焦がれた刹那。
彼の精密な視線があろう事か、ゆらりと流れた。
幻影の振るう幻視の刀から、突如、至近距離にまで近付いたその、顔へ。

バッツ

それは、本当に、よく似ていた。
肩口に震えが走る程。
イミテーションとはそういうものなのである、瓜ふたつなのだ。容貌も声も振るう技も。スコールとて重々承知の上だった。これまでに倒してきた幻影の数など疾うに覚え切れぬ。
なのに。
同じだと、思ってしまった。
この幻影はバッツのかたちをしているのだと本当の意味で思い出してしまった。認めてしまった。それだけの事が、スコールの掌を停止させた。爆発の力を霧散させた。
違う。これはバッツでは無い。単なる幻影なのである。バッツとは一切関わりなど無い。
叱咤するような己の声が鼓膜の底を叩いた。じわりと黒い焦燥が足の裏を焼いている。
今の自分は、策も失い、ただ呆然と浮かされたままの、単なる標的だった。

もうおそい

後手から繰り出される剣に意味は無い。
脳の奥半分で覚悟を決め、しかし半ばまだ呆然と衝撃を引き摺りながら幻影の顔を見詰めるスコールのすぐ近くで囁くような声音が聞こえた。

「眠りな」

嗚呼、まさしくそれはあの男の

次の瞬間、呼吸を止める程の激しい痛みがスコールを襲い。物凄い速度で風を切り、背が、剥き出しの岩肌へ叩き付けられた。
骨の軋む音がそのまま絶叫となって喉を突いたような気がした。激痛の衝撃はただ熱く。スコールは全身を熱によって包まれた。
己の身体の何処がどうなっているのかは判らない。けれど彼の意識を浸蝕し犯したのはその熱さでは無かった。
作品名:去り行く風のかたち 作家名:あや