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去り行く風のかたち

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身体だけで反応し、速くは無かったが致命傷だけは免れる範囲に足は地を蹴って跳び退る。バッツを模した幻影は縦横に空を駆け、再度スコールを浚い上げようと執拗に追い掛けた。竜巻の如く回転し、刃の中へ吸い込もうとも。
完全に避け切れずに絶えず掠られ、半瞬ずつ遅く、しかしただ逃げた。意識外に己の身体を任せながらスコールは奥歯を噛み締める。

まさか、俺が

他の誰でも無い、己が、である。
まさか己の身にこのような事が起こり得ようとは、思いも寄らなかった。
イミテーションは単なるまがいもの。判っている。それなのに。
仲間の姿をとっていたから、と、剣が鈍るような、その程度のものだったのだろうか、己は。
己が己を裏切った。その事がスコールには信じられなかった。

「、くっ、そ…………」

右腕を振り被って雷を発生させる。
当たれば無防備に引き寄せて連続技を浴びせられたのに、幻影は嘲笑うようにしてそれをきれいに避けた。
やはり懐に飛び込むしか無い。けれど。
未だ衝撃に痙攣するスコールの脳は恐れていた。
近付いて、そして。己は。今度は本当にこの幻影を斬れるのか。先刻はためらった。一度動かなかったこの剣を己は振り上げる事が出来るのだろうか。

だから、いやだったのだ。

他人の傍に身を置く事。
そうすれば必ず別の空気が己の身の周りを漂い、囲み、そうして溶け入る。己に他人が浸る事になる。己が変質する事、それがスコールは嫌だった。
常に最善、最良を目指している、それなのにそれが他の人間の空気によって乱される。しかしそれも存外悪くは無いのかも知れないと、乱される快さを感じ始めた時、既に己は変質してしまっていたのだろうか。
胃の淵へ落ち切らぬ事実に硬く瞬いて、スコールは血のこもった息を吐き出した。
けれど、知っている、それら全てが己で選択した道なのだという事を。

おれは、そうだ、自ら望んで、

強制されたのでは無い、流されたのでも無い、自分の意思で。

「バッツ」

視界に、蒲公英色の羽根が蘇った。そうしたら勝手に名が零れ落ちた。ここで彼の名を口にしてどうなるのかと己に対し苦笑した時。
先刻も聞いた声音がごく近くに響いた。

「……眠りな」

ひらりと。淡い白と青のマントがスコールの頬を柔らかく撫でた。
視界が遮られ、何も見えない。
打たれ過ぎた所為で朦朧と霞む意識の隅で、轟音が弾け、それから突然、静寂の幕が舞い戻った。





どうやら己は助けられたらしい、とスコールは彼の腕の中に支えられながら、ぎごちなく理解した。

「大丈夫か?
 おい、スコール!」

無事かと問うならそんなに揺すってくれるなと思う。揺さぶられて傷が痛み、スコールは顔を顰めた。

「ゆ、ら、すな、馬鹿」

追い払おうとしたスコールの掌は、バッツによってしっかりと握り締められた。

「スコールッ……!!!
 死なないでくれ!!!頼むから!!!」
「だから、勝手に、ころす、なっ………、痛、」

半ば本気で腹を立てながら、その一方でスコールは耳許で叫ぶその大声へ安堵もしていた。

これが、バッツ

幻影では無い。今傍に居て労わりの方向性を激しく違えているこの男こそが、バッツである。
まがいものではない。
スコールの刀を迷わせた幻影は彼の手によって早々に葬られ、既に砕け散っている。
己自身が相手であれば隙も判る、か。
その手際の良さについて素直に感心する。彼の扱う技の数々を承知しているつもりでも実際に遣り合えば結果はああだ。己が翻弄されたあの幻影を手早く打ち倒すとは、自身であるというのを差し引いてもやはりこの男は強いのだろう。
重さに任せて降りようとする瞼を必死に押し上げながら、スコールはバッツの顔を仰いだ。確かにまがいものでは無いのだ。それを確かめるように、眼を離さずにじっと見詰める。
頭に傷は負っていないというのに、バッツはやけに優しい手でスコールの髪を撫でた。子供をあやしているようなそれへやや腹も立ったが、心地良いのでそのままにしておく。

「………………本物、だな」

スコールの呟きへ、真摯にバッツは頷いた。

「ああ、そうだよ、スコール」
「よかった」
「うん」

笑うのでは無い。微笑という類のものがバッツの唇に浮かぶのを、スコールは初めて見た気がした。

「だからスコール、」

バッツが黒い手袋に覆われた掌を握る。

「絶対に、まぼろしなんかに、迷わないでくれ」

握られた手が、びくりと跳ねた。固まりつつある視界の中へ収まるバッツが、苦そうに少し、瞼を伏せる。

「…………バッツ、」
「見えてたよ。
 あの時、ほんとは簡単に決着がつく筈だった。
 防ぎ切ったスコールが爆発を起こす、
 無防備な状態のイミテーションがもろに巻き込まれてそれで終わり。
 さすが、よく見切ってたと思うよ。
 なのに…………、なのにきみは打たなかった。
 迷ったんだよな」

あのまぼろしが、おれのかたちをしていたから

バッツの腕に支えられたままスコールは、己の血がゆるゆると温度を失っていくのを感じていた。
この男は。己がためらった、その理由さえ知っている。
事実を正しく突かれた所為でスコールは、自信過剰だと笑う事も力押しに否定する事も出来なかった。

「…………俺だって、仲間は大事だよ。何よりも。
 スコールに斬り掛かるなんて冗談じゃない。
 、でもさ」

バッツはスコールの上体をゆっくりと起こした。水平に結ばれた視線の先でバッツは先刻と同じく微笑んでみせる。

「それがイミテーションなら。
 俺は、絶対に迷わない。
 誰のかたちをしていようと。
 たとえ、それがスコールのかたちでも、ジタンのかたちでも。誰でも。
 俺は、ためらわないよ」

バッツ

スコールが彼の名を口にしようとした時、言葉が被さった。

「だって、イミテーションだからさ。
 ほんものじゃない。
 あれは幻。仲間じゃないんだ。まがいものなんだよ。
 放っておいたら今度は他の仲間を傷つけるかも、そう思ったら尚更。
 仲間の為にさ。
 俺は迷わない」

そう言う通りに、バッツの声は全く揺るがない。一片たりとも。

「俺の幻影にさ、もしスコールがあのまま完全に倒されでもしたらと思うと。
 だから頼むよ、スコールもためらわないで欲しいんだ。
 たとえそれが俺の姿をしていようとも。
 迷わず、斬ってくれ。
 ちゃんと約束してくれよ、スコール」

仲間を思ってためらった己と。
仲間を思うから迷わない彼と。
可笑しなものだと思いはするが、どちらがより良いかは考えるまでも無い。そもそも、元々己が迷うなどと、まさか思いもしなかったのだ。
けれど、本当に真摯に揺るがずそう言い切れる彼をスコールは強い、と苦笑混じりに思う。

「……………………判ったよ」
「やった!
 約束だぜスコール、絶対だからな!」
「ああ、もう、判った判った」

軋む身体を奮い立たせて立ち上がる。
手を貸さずにスコールの立つのを見届けてからバッツは、笑って突然、掌を差し出した。色々な場所にたこのあるその掌をたっぷり見詰めてから、スコールはその意味についてようやく尋ねた。

「………………、それは?」
作品名:去り行く風のかたち 作家名:あや