そうしてぼくらはデッドエンドで恋をした
空には突き抜けるようなスカイブルーが広がり、雲ひとつなく澄み渡る晴天に、俺は伸びをしながらいい天気だと素直に思った。
伸ばした腕を伸ばしたまま下ろすと、手を合わせたシカマルがちらりとこちらをうかがうので、俺はからりと笑ってやる。線香の煙が風にたなびき、俺とシカマルの首もとで同じように黒いネクタイがはためいた。今日は風が強い。下ろした視線の先のシカマルは喪服を着ると上から下まで本当に真っ黒になってしまう。死神みたいだと、言えば馬鹿にされそうなことを思いながら、俺は口を開いた。
「帰ろうぜ」
「ああ、」
立ち上がったシカマルは、何かを確かめるように後ろを振り向いていたが、すぐに前を向いて俺の横に並んだ。少々の沈黙の後、変な感じだなと呟くので、シカマルがどうして足を止めたのか、おおよそのことが分かってしまった。
今日は三代目火影の何度目かになる命日だ。シカマルは半年と数か月前まで三代目火影とあっていたのだから変な感じがするのは当たり前だろう。もっとも、俺にとっては十数年前の話なんだけれど。
俺の後ろ髪を引くように線香の香りが流れても、俺は振り返ることなく前を向いて歩いた。ちょっとばかり息苦しくて息を吐く。喪服なんぞは基本的に今日この日しか着ないから何ともなれなくて、そして、脳裏にちらつくガキの頃の記憶が口の中を苦くした。
狭い世界の中で息ばかりをしていた、あの頃の火影のことを想う。笑うときに皺の寄る目元が俺は好きだったんだと今更思い出して切なくなった。別れとはこの世界に当然と存在するものだ、それこそ空気のように微かな存在感でよどみなく、だから今日酒を飲み語り合った男が次の日にはただの肉塊になっててもおかしくなんて思わない。だから、火影の死を目前にしてもあまり悲しいとは思わなかった。いつかは来ることだと覚悟をしていたからだ。助けられなかった自分が悔しいと俺は思った、それから少し、寂しいと思った。そんなことを線香の香りはいつも思い出させる。
そんなふうに考えたことを見越したように、シカマルの足が止まり手が頭に触れた。もう昔のように払ったりはしないが、なだめられているようでひどく落ち着かなかった。
「お前も小さかったなぁ。」
シカマルの声が俺の考えていることを攫うように言った。暖かい感触を頭に感じながらシカマルはついこの間までの俺を思い出しているんだろうかと俺は考える。手を跳ねのけるしか知らなかったころの俺を、まだ無知でしかなかったあの頃を、それを裏付けるようにシカマルが懐かしさを覚えるような優しげなまなざしになっているので、俺は少し面白くなくて手を払った。
手を払われたシカマルは眼をしばたたかせている。ポカンとするなよ、鈍い奴め、と俺は内心だけで呟やいた。
「あんまりその話をするんじゃねぇよ。」
「…あそこまで可愛げのねーガキは珍しいぜ。」
「うるせ。」
シカマルがちょっとばかり懐かしむような表情になっているのが気に食わない。俺はちぇと口先をとがらせて歩幅を速めた。可愛くないだって?わかってんだよそんなことは。こいつはその話ばっかりだ。でかくなったなぁ、丸くなったなぁ、相変わらず料理の腕は壊滅的だの何だの、んなどうでもいいことを思い出して柔らかなまなざしをするシカマルはまるで俺の父親か、爺さんみたいな顔をしている。そうじゃないだろ、そんなんじゃないだろと俺はいっつも思うわけだ。俺は確かにシカマルに覚えていてほしかったが、なにもこんな顔をしてもらうためじゃない、もっと違う顔できねぇのかよ。俺が何年待ってたと思うんだなんてことは格好悪いので口が裂けても言わないが、シカマルはもっと自覚をするべきだと思う。俺は間違っちゃいない。
「ナルト、」
後ろから、今も昔も変わらない低音のシカマルの声が響く。この声は好きだな、とこんなときでもやっぱり俺は思う。ん、と振り返ってやるとシカマルがネクタイをゆるめながら肩をすくめていた。のど乾かねぇかと呟いてたりするから、じゃあうち来るかと言ってやった。おう、と返すシカマルに下心は全くないんだろう。面白くない。昔から(それこそ十七年も前から!)シカマルの慌てた顔なんて数えるほどしか見たことがないがここはうろたえるべきところだ。しかし鈍いシカマルにそれを期待できないことは俺だってよーくわかっちゃいる。それを思うと告白した時のシカマルの顔はいろんな意味で見ものだった。あのときはシカマルだけじゃなく俺も散々だったなと思いだして、ちょっと苦いものがこみ上げた。
そんな思考を払拭するように、俺は努めて明るい声を出す。
「冷たいのは何もねぇけどな。」
「緑茶は?」
「熱いのならある。」
「ならいい。」
俺が歩きなれた帰路に着くと、シカマルも横に並んだ。今俺の横をのっぺりとしただるい顔で歩いているこいつの頭ん中には、十七年も前の昔の俺と、緑茶のことでいっぱいになってるんじゃなかろうか。そう考えて俺は少しげっそりとした。なぜって、そんなの言わなくても察してほしい。
まだ太陽は高いところにあり、暖かい日差しが背中を焼いている。影は真下から少し斜めに伸びて、日の傾きを知らせていた。俺が最近家と呼ぶ建物に(もちろん禁域の森の中じゃない)たどりつくと、シカマルは勝手しったるようすで上がっていった。なんだかなーと何とも言えない気分になる。まあ、ここでうろたえてくれれば面白いは面白いがそれはそれで変なのは分かっている。シカマルのスタンスはこんなもんだと理解はしていたが、これじゃあ前とあまりにも一緒すぎやしないか。俺の一世一代の告白は、シカマルにいったいどういうふうに届いたのか、最近はそればかりを考えている気がする。そんなことを思いながら俺も部屋へあがると、シカマルがキッチンで冷蔵庫を開けていた。昨日掃除したところなので、中身はからに近い。
「ちゃんと調理してんのか?」
「やるときはやってる。」
お前ヘタだからなーと苦笑するのにちょっと跳ねあがった心臓が忌々しい。なんでこっちばっかりペースを乱されなきゃなんねぇんだ本当に!!笑うな、と言ってやりたかったが口を引き結ぶだけにとどめておいた、そのかわり、俺は棚から茶葉を出しテーブルに力強く置いて自分でやれと言ってやった。シカマルは嫌そうな顔をするわけでもなく、やかんを出すとお湯を沸かし始める。俺はなんとなくそれを眺めてから、服を着替えに行ったん部屋へ向かった。
あーあ、と頭の中は後悔でいっぱいだ。昔からシカマルの考えていることがぴしゃりとわかったのは一緒に任務している時だけだった。それが悔しいのか面白くないのか自分でもよくわからないが、苛立たせる原因であることは確かだ。シャツを脱ぎ、首もとの開いた長袖の黒いVネックを着る。スラックスを脱ぎ、動き易いパンツに履き替え、腕まくりをしながらキッチンに戻った。昔からのくせで、どうしても黒い服を選ぶ傾向があるなと俺は冷静に分析したりしてみるが、これが一番しっくりくるので今はもう気にしないことにしている。
俺が近づいて行くと、シカマルはわいたお湯を急須に移すところだった。
「ナルトも飲むか?」
「飲む。」
作品名:そうしてぼくらはデッドエンドで恋をした 作家名:poco