そうしてぼくらはデッドエンドで恋をした
二人分のお湯を注ぎ、シカマルはやかんをどける。そのまま火の切れたコンロの上に戻すと、慣れた手つきで急須から湯呑に茶が移された。この茶葉はイノがこの間の任務の時に土産として買ってきてくれたもので、芳醇な香りと上品な甘さがくせになるのとどこかのキャッチコピーのようなことを言いながら置いて行った。木の葉で売るときは是非声を掛けてねと笑うイノに女って強かだなと思ったことは嘘ではない。湯呑が綺麗な翡翠の色で満たされると、シカマルは顎でしゃくりながら片割れを渡してきた。そのままリビングに行くので、俺は黙ってそれについて行った。
黒いソファにシカマルが腰を下ろすので、俺はあえて床に座りソファに凭れた。何を言うでもなく熱いお茶に口をつけていると、シカマルがぼそりと口を開いた。
「なんとなく思い出したんだけどよ、ナルトって昔から茶が好きだよな。」
「は?」
「俺が入れても絶対飲んでただろ?」
やっぱりシカマルは優しげな顔をして俺を見るので、俺はさらにムッとした。最初のころに飲んだ記憶はねーよ、それはずいぶん後の話なんじゃねぇのと俺はぐるぐると思う。やっぱり火影の命日と言うだけあって、シカマルは昔ばかりを思い出してる。いや、シカマルに取ったらついこの間なのだ、ついこの間だけれど、俺からしたら十七年も昔の話だ。全く面白くない。
あんまりにも面白くないので、俺は湯呑をテーブルに置いてからシカマルを睨んだ。
「そんなにガキの頃の俺が好きなのかよ。お前は。」
「?」
わけがわからないというような言葉が顔に浮かんでいる。お前はどうしてそういう話しかできないんだ、と俺はおもうが言ってやるほど優しくはない。
俺は昔を懐かしんでほしいわけじゃない、今日という日がそうさせるのなら俺だって我慢するが、シカマルはちょっとしたことがあるたびすぐそんな顔をする。
今でさえも、わけのわからないといった様子で首ばかりを捻っているから、ひどく苛々とした。
「本当に、壊滅的に鈍いな。」
俺は腰を上げて立ち上がり、見下ろす形でシカマルを睨んだ。どうせシカマルはなんか今日はいらついてるなぐらいしか思っていないのだ、どうしてこんなに苛立っているのか理解できていないんだこの馬鹿は。IQが高かろうが、鈍けりゃな何の意味もねぇんだよ馬鹿が。腹の内側で馬鹿が、馬鹿野郎が、と口汚く罵ってやりながら、俺の言葉も行動も理解できずにアホずらを晒してやがるシカマルの湯呑をひったくってテーブルに置いた。さすがに、おい、と静止の言葉がかかるのも無視して、俺はそのままソファの上のシカマルに乗りかかる、え、と呆けた、キレ者と他里に名高い補佐官のアホ面が、視界いっぱいに広がるころには眼を閉じて、思いっきり口づけてやった。上唇を甘噛みして、なめて、誘うように吸ってやると、暫くしてから空中をうろうろとしていた手が俺の頭と腰にまわされる。最初からそれくらいのやる気を見せろよ奥手!とまた腹の中で罵っていると、口の中にシカマルの熱い粘膜が入り込んできた。歯列をなぞられ、舌が絡みとられる。息継ぎがうまくいかなくて、鼻から変に抜けた声が漏れだすころに、思いっきりシカマルの胸ぐらをつかんでソファに引きづり倒してやった。乗りあげるような形になって、それからようやく口を離す。銀の粘膜が糸を引き、俺はそれを右腕で荒くぬぐった。
「ガキの俺でもない、嘘の俺でもない、今の俺を見ろよシカマル。」
胸ぐらをつかんだまま、俺は少しだけ上ずった声で言った。シカマルは熱に浮かされたような眼で俺を見て、荒い息を吐いている。腰にまわされた手に力がこもるのを感じながら、胸ぐらを掴んだてに力を込めたまま、息の音が聞こえるぐらいまで顔を寄せた。
(俺がどうして不機嫌だったか、そろそろわかってもいいんじゃねぇか。いつまでもお友達、子供扱いじゃ物足りないんだよ、俺は。)
そんなことを思いながら俺は眼の前の黒曜石に映る自分を見た、なあ、お前にはちゃんと、俺が見えているんだろ。
「お前だけは、ずっと俺を見てろよ。」
低くつぶやくと、シカマルの目が面白いほど大きく見開かれた。あ、と俺が声を上げる間もなく次の瞬間には、腰にまわされていなかったほうの手で力強く首筋をつかまれ、そのまま深く口づけられる。無理やりねじ込まれた先ほどとは全然違う熱に翻弄されるように俺は鼻に抜けたうめき声をあげた。何度も角度を変えて甘噛みを繰り返され、絡みとられ、思考にだんだんもやがかかってくる。飲み下せなかった唾液が口の端を伝い、ぽたりと染みを作った。もともとそういう欲が薄いのと、鈍いのとでエンジンがかかるのが遅いシカマルは、いったんかかると歯止めが利かなくタイプなんじゃないかと俺は常々思っている。それが自分に対してだけそうなるのか、他人に対してもそうだったのかそれは分からないが、とりあえず火はついたらしいシカマルに俺は朦朧とする意識の中でほくそ笑んだ。頭は真っ白になって、思考回路は流されて、こんなんじゃどうしようもねぇとか何とかそんなこともうっすらとしか考えられなくなって、胸ぐらをつかんでいた手からも力が抜けて震えてくるころにようやくシカマルは唇を離し、そしてそのまま体勢を入れ替えられた。そういうことばっかりうまくなりやがってと、俺は少し面白くないが、欲と熱にまみれたシカマルの顔は結構好きだったりするのでその辺は見ないことにしてやる。
焼けてしまいそうに熱い掌が、そっとそれこそ嘘のように優しい手つきで頬を撫でるので、俺はは下ろしていた瞼を上げた。
「見失うつもりなんて最初からねーんだよ」
ああくそう、と俺は思う。性悪!性悪め!!と胸の中で毒づくがもちろんシカマルには届かない。Vネックの下からシカマルの熱い手が滑りこみ肌をなぞり、俺の息を上げようとする。まだ明るい部屋の中で、荒い息遣いと卑猥な音がだけが響いて、何とも言えない羞恥心が煽られる。唇をかみしめると、シカマルがこじ開けるように口を重ねてくるので、なおさら頭の芯がくらくらとした。薄眼を開けた先で、シカマルの真っ黒い夜のような髪が揺れている。手入れをしていないのびた爪をシカマルの首筋に立てると、シカマルが少しだけ眉を寄せた。仕返しとばかりに俺の鎖骨あたりにに歯を立てられ、きつく吸われる。ん、と上ずった声を上げると、嫌な顔をしたシカマルと眼があった。濡れた黒曜石の瞳に、朦朧とした俺が映っている。それにどういうわけか堪らなくなって、まわしていた手に力を入れ引き寄せ口を奪った。
(昔は、自分がこんなことできるようになるなんて思ってもみなかった。しかもシカマルになんて。)
そんなことを言ったらこいつはどんな顔をするのだろうと、かき乱される思考の中で思う。
流されて行く中で、どうにか引きずれて行かないようにしがみつき、荒く息を吐く。
なあ、お前はどうせ知らないんだろう。
作品名:そうしてぼくらはデッドエンドで恋をした 作家名:poco