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墓標

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 そこは、奇妙な空間だった。

 恐ろしい程真赤い夕日に、静かな情景。
 辺り一面に広がる、血の色をした曼珠沙華の群生と、たった一つの墓。
 初めて目にする光景の筈なのに、懐かしい場所であるような、不可思議な既視感。

 何故ここに足を運んだのか…。
 ひどく曖昧な感覚に斎藤は舌打ちした。

 静かに佇む男の頬を生温い風が撫でる。
 斎藤は胸ポケットから愛飲の煙草を取り出し、火を点けた。
 紫煙を燻らせながら、奇妙な墓に目を向ける。
 そこには十字の形にあつらえた粗末な墓と、囲むように咲き乱れる天上の華があった。
 そして。
 見覚えのある刀が、まるで供物のように深々と突き刺さっている。
 剥きだしの刃身は夕日の色に染まり、まるで血に塗れているようだ。
「……?」
 剥き出しのまま地に縫い止められているその刀に、男は首を傾げる。
 刃と峰が逆に付いた異形の刀。
 この刀がこんな所にある筈はない。
 コレは、未だ彼と共に在る筈のモノだ。
 …そう、あの朱い髪の青年と共に。

 男が逆刃刀に手をかけようとした瞬間、周囲の空気が変わった。一帯の草木がざわめく。

 ──背後に誰かがいる。

 確認するまでもなく、知り尽くした相手の気配が。
「それは…俺の墓だよ」
 淡々と紡がれる、背後からの言葉に振り返りもせず。男は口を開いた。
「お前の…?」

 ザァっと風が吹く。

 朱い髪をたなびかせながら、その人物は背を向けたままの男に近付いた。
「──正確には…どちらかの、だけど…」
 含みのある言葉に、怪訝そうに斎藤は振り返る。
 青年は、やっとこちらを向いた男に満足したのか、嬉しげに笑う。
「斎藤…。やっと、逢えた…」
 微動だにしない男の首に、纏わり付くように腕を絡め口付ける。その行動に斎藤は身じろぐでもなく、ただ彼の名を呼んだ。
 抜刀斎、 と。
 
 紡がれた名に、青年は笑みを深め、嬉しそうに擦り寄る。
 幼子のような無邪気な所作とは裏腹に何かに飢えた瞳。
 男は眉を顰めた。
「──アレは一体何だ?」
 殺風景なそれに視線を向け、もう一度問うた。
 だが、応(いら)えはない。
 青年はただ微笑うばかりで。
 哀しみを湛えたその瞳が斎藤にはひどく気にかかった。
「どちらか、と言ったな。俺と、お前か?」
 見上げる緋村の瞳は一層哀しみを深くするばかりで。
 それでも微笑しながら、首を横に振った。

 暫くの沈黙の後、青年は更に笑みを深める。
「俺と…アイツ、だよ。もうすぐどちらかが…死ぬ…から…」
 語尾は消え入りそうな程小さく掠れている。
「…アイツ?」
「そう。俺と……俺の、一部…」

  剣心と抜刀斎。
  流浪人と人斬り。
  光と、闇──。

 対照的なその二つの人格のどちらかの墓だと、彼は言いたいのか。
「お前が二人いたとは…知らなかったな」
 揶揄するように言う男から、緋村は目を逸らした。
「…誰よりも俺に執着したのはお前だろう…?流浪人であろうとした俺を、お前が引き摺り出した…」
 行き場のない感情を押し殺すように、握った拳に力が入る。
 爪が掌の肉を破り、血の赤がじわりと滲む。
「お前さえ、現れなければ……俺は何も考えずに、人として過ごせたのに……」
 泣き出しそうな声で呟いたかと思うと、そのまま斎藤の首に摑みかかった。
 だが気道を握り潰す筈のその腕には力は入っておらず。殺気さえなかった。
 あるのは、ただ悲哀に満ちた瞳。
「…どうした? 俺を殺すんじゃないのか?」
 出来ないと知っていて男は煽る。
 斎藤にとっては緋村が本気でも、構わなかったのかもしれない。それが決して叶わぬ事だと知っていても。
「…違う…。違う…!」
 青年は弱々しく頭を振る。
「…そんな事は…どうでもいい。殺す事も──死ぬ事も、今更大して変わらない…」
 それはまるで己自身へと言い聞かせるようだった。
 緋村は摑みかかった腕を下ろし、力なく笑みを浮かべる。
 暫くの沈黙の後、緋村は顔を上げ、食い入るように墓を見つめた。
 自然、斎藤も墓に目が行く。
 緋村は黙ったままゆっくりと墓の前に歩み寄り、縫い止められた刀へと手を伸ばした。
 そして深々と突き刺さったそれを容易く抜く。
 一点の曇りもない逆刃の輝きは眩しい程だった。

   ───不殺の証───

「この刀でさえ…今の俺の手には余るんだ…」
 斎藤に話すわけでなく。独り言のように呟いた。
 懺悔のようでもあり、愛おしむようでもあった。
「…腕の痺れが増してきた。今はまだ微々たるものだが……、そう遠くない先に剣が持てなくなる。──人斬りと呼ばれた俺が、だ」
 微笑む顔とは裏腹に、愛刀を掴む五指に力が入る。


 青年に突きつけられた、現実。
 それは剣で生きてきた者にとって、耐え難い苦痛だった。
 人斬りであれば尚の事。

 刀を抱いていないと安心して眠る事も出来ない。
 血を吸い日毎に重みを増すそれだけが唯一の縁(よすが)であり、枷でもあった。
 酷使した体は、馴染んだその重みにさえ悲鳴を上げる程に衰えつつある。
 ゆっくりと、しかし確実に青年の身を心までをも蝕んでゆく。


「剣を振るえない剣客など、死んだも同然だ。……お前も、そう思うだろう?」
 斎藤は何も答えない。青年が紡ぐ言葉をただ静かに聞くだけだ。
 青年の肩から力が抜けた。
「いっそ、このまま…」
 死んでしまえたら──。
 だが緋村はその先を言葉にする事はなかった。
 逆刃刀を強く握り締めたまま、居心地の悪い沈黙が続く。
 居たたまれない心境で、斎藤はあたり一面に咲き誇る血の色をした華の群れへと視線を移した。
「彼岸花か。見事なものだな」
 率直な感想だった。
 魅せられたのは、鮮やかな血の色だからか。
 沈み行く夕日に、一層色濃く染められたそれは、禍々しい程に美しいものだった。
 死人花とも呼ばれるそれはかつての抜刀斎を想い起こさせるような、真赤い色。
 斎藤の心情を知ってか知らずか、青年がクスリと何処か楽しげに問いかけた。
「斎藤、この華の最期を…知っているか?」
 しかし、答えは期待していなかったのだろう。緋村はそのまま言葉を続ける。
「この華は…散らずに、そのまま朽ち果てる。赫い花びらは白く色が抜け、褐色の糸のように捩れ縮れて、朽ち果てる。……決して散る事はない。決して──」
 ふ、と青年が微笑った。

 ──俺に似合いの華だと思わないか?

 自虐的な笑みを浮かべる緋村に、斎藤は哀れみを覚えた。
 死を望みながらも叶わぬ青年に。
 自身との決闘で、あるいは叶うはずだった望みも、今となってはどうする事も出来ない。
 男はあの日、彼の申し出に応じなかったから──。
 青年は、ただ朽ち果てるのを待つだけ……。
 痛ましい、と思う。

 今からでも遅くはないのかもしれない。
 他の誰でもない、己自身の手で。
 散らせてやろうか、と思う。
 彼自身がそう望むのならば。

 ──だが。
 それはあまりにも簡単すぎて。自身の心にわだかまりを残す。
 そんな迷いを振り切るように、青年に声を掛けた。
「終わらせてやろうか」
 一瞬、緋村の瞳が驚きに見開く。
作品名:墓標 作家名:木土