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何度でも抱き締めたいと願う

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「うそつき」

真っ直ぐに俺を見て、そう言ったリオンの声が、今も耳の中で生き続けている。












季節は春。
開け放した窓から、微動だにせず外を眺め続けるリオンの後ろから、その身体を覆うように抱き締めた。

「……鬱陶しい」
「いいだろ別に。減るもんじゃなし」
「減る」
「何がだよ」

こう言いながらも身を委ねるリオン。
こんな遣り取りは日常だ。
本気で嫌がらないのを知っているから、いつも遠慮なんてしなかった。

ふと外に向けていた視線をこちらへと向けて、物言いたげな目で見られる。
何かを問いたいと言うよりも、何かを訴えるような。
真っ直ぐに澄んだ瞳が、俺を映して揺れていた。
抱擁を緩めて、向かい合わせになる。
こうすると自然と上目遣いになるリオンの頬に、そっと右手を添えた。

「…なに?」
「別に。なぜいつもくっ付きたがるのか、理解に苦しんでいるだけだ」
「ははっ、なんだそれ」

あまり人との触れ合いをしてこなかったというリオンは、こうした情緒にも疎い節がある。
初心と言えば聞こえはいいのだろうが、時折自分の気持ちさえ理解出来ていないこともあるようで。
俺の行動や、特に自分の感情に戸惑う様は見ていてあまりいい気持ちのするものではない。
父性や庇護欲を誘うその仕草は、それをも超えて同情さえ誘う。
この子供は、どれだけ愛を知らずに育ったのだろうかと。
天涯孤独で引き取られ、それ以来剣士として通用するように厳しく育てられたのだろうが、それにしたって哀れ過ぎる。
好意を寄せる相手に触れたいと思う事にさえ疑問を感じ、戸惑いを覚える姿は。

「好きな子を抱き締めたいと思うのは、そんなに変な事じゃないだろ?」
「…そう……、か」

ゆっくりと落とされる視線。
その身体の最奥に潜む感情の欠片の一つでも拾い上げることを許されるなら。
いくらだって、応えてあげられるのに。
わからないなら教える。
求めるなら与える。
俺の場所は一人分、いつだって空けてあるのに。

「その内リオンも自分から俺に抱きついてくるようになるよ」
「それはない」
「なんでだよ」
「お前は、僕が自分から誰かに抱きつく様を想像出来るのか」
「……………」

自分から求めることが出来ないリオンの代わりに、いつも必要以上に触れる俺に、きっと気付いてはいないだろう。

「まあ、そうならなくてもこうして俺が何度でも抱き締めるけど」
「いい迷惑だ」
「嬉しいくせに」
「誰がだ」
「抱きつきたくなったら言えよ。いつでも抱きつかれる準備整えとくから」
「はっ…」
「…お前いま、鼻で笑ったろ」

密着した身体を離すと、僅かな隙間が空く。
それでも近過ぎる距離に、リオンは半歩後ろへと下がった。

…気付けるはずもない。
知りもしないことに。

「見てろよ。何年後かにその発言を恥じることになるからな」
「…有り得ないな」
「先のことなんかわかんないだろ」
「その通りだ」
「なら、有り得なくない」

その瞳に映るのは、憂いか、戸惑いか。
諦めさえ混じるその色が、伏せがちに逸らされる。

「…無理だ」

辛うじて聞き取れた小さな声。
否定的な言葉の中に、何故か祈りにも似た響きが聞こえた。

「そんなことない」

どうして、希望まで打ち消すのだろう。
未来は誰にだって予測できないのに。
だからこそ人は、毎日を懸命に生きようとするのではないのだろうか。
それさえ自分で摘み取ってしまう。
端から有り得ないのだと、無限の未来を閉ざす。
望まなければ、何も得られないというのに。
それとも、望むことさえ諦めてしまう程に、この少年の心は飢えてしまったのか。
そうだとしたら、それはなんて息苦しい生き方だろう。
求めることを諦めた先には、痛みはないかもしれない。
けれど。

「信じて」

だからこそ、喜びも感じられない。
凍える寒さを知らなければ、太陽の暖かさに気付けないのと同じように。
痛みを避けた先にあるのは、空虚だけだ。
そうまでしなければ生きられなかったのかもしれない。
今まで沢山の傷を背負ってきたのだろう。
けれど、求めることをやめてしまっては。

「俺が、叶えるから」

自分の求めるものが、手に入らないものだと諦めてしまうにはまだ早すぎる。
痛みを越えた先に得られるものもあるはずだ。
ひとりではもう、動くことも出来ない痛みなら。
どこまでだって、手を取って一緒に行けるから。

自分で信じられないことは、俺が信じる。
だから、俺を信じられるようになるまで。
何年だって、ずっと、この手を取れるようになっても。

「だから信じて、俺を。ずっと、ここにいるから」
「そんなことは…」
「出来るようになるまで待つから。それまで、何度だって俺が抱き締めるよ」
「無理だ」
「なら、願う。いつまでも、こうして触れることが出来るように」

開け放たれた窓から、一陣の風が舞い込んだ。
桜の花弁を纏った風は、細く艶やかな黒髪を撫でて、部屋の隅で潰える。

「うそつき」

風に乗って、泣きそうな笑顔と共に運ばれた声は余韻を残して消えた。



意識が闇に呑まれる寸前。
心地好い微睡みの中で、指先に触れる温度に気がついた。

「そう、なればいい。けれど…」

明かりを落とした部屋の中、リオンはベッドの脇に膝を着いて俺を見つめていた。
どんな表情で言っているのか、確かめる前に意識は睡魔に落とされる。
まるで今にも泣き出しそうな子供の声で、寝ている相手に告げていたのに。
それでも、リオンは泣きはしないのだろうけど。

「…でもきっと、そんな未来はない…」

無意識に握り返した手の甲に落ちてきた柔らかな熱は、頬か、額か、唇か。
その言葉が俺の意識に届くことはなかったけれど。
泣けないリオンが、望むことをやめてしまった悲しい笑顔でいないことを、ただ祈った。