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いつか空の下

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誰かに呼ばれた気がした。
頭がぼんやりとしていて、声の主を知っているのか知らないのか分からなかった。
けれども、とにかく俺はその声を懐かしく感じた。
真っ暗な闇の中、声の方へ手を伸ばす。
ただ、ただ、ひたすらに。
声はだんだんと大きくなっていって、そして。
視界が白い光で覆われた。
……


それが俺が唯一覚えている夢の断片だった。
それ以外は全く思い出せない。
けれどもとてつもなく長く、やたらに濃い夢を見ていた気がする。
目覚めて最初に目に入ったのは不自然なほど真っ白な天井と、それをバックに交差する無数の管やカーテンのさん。
今いる場所を理解するのに、俺はさほど時間はかからなかった。
ここは病院だ。


 とりあえず俺は上体を起こそうと試みたが四肢に力が入らない。
視界を足の方へ落とすと、これは大袈裟すぎるんじゃないか、というくらい大きなギブスが股の下から巻かれて、吊り下げられていた。
しかも両足ともこんな状況だ。
左腕も足をほどではないがギブスで固定されている。
右腕は無傷で済んだのか何もされていないが、数本の管がつながっていた。
つまり、右腕以外はほとんど動けない状態になってしまっているわけである。
腹や胸の方からも何本か管が伸びているようだ。
なんとまあ最高な目覚めだろう。
俺は長い間意識を失っていたらしい、というのはこの状況的になんとなく分かった。
多分大きな事故に遭ったとか、そんなところだろう。
……ということは、目が覚めたことを誰かに知らせた方がいいのかこれは?
とりあえずナースコールを探さなければ。
そう俺は思って精一杯首を動かしてみた。
この部分はほぼ無傷らしく何も固定されていないようだ、ありがたい。
首と目を必死に駆使しながら俺はナースコールを探した。
押しやすいよう枕の近くか手元にあるはずなのだが、それらしいものは見つからない。
これは困った。
潔く諦めた俺は仕方なく視線を部屋中に泳がせた。
部屋の隅の窓棚には千羽鶴や花が置いてある。
こんな俺でも心配してくれる奴がいるのか、まあ大体は身内だろうけれど。
俺の病室は一人部屋らしく視野の範囲では他の患者は見当たらない。


しょりっしょりっ。
最初は目覚めたばかりで気が付かなかったが、そんな音が耳の端で鳴り続けているのに気が付いた。。
俺が見ている窓とは反対側のドアの方からその音は鳴っている。
音の方に目をやるとそこには――
そこには見覚えの無い女の子が一心不乱にリンゴの皮を剥いていた。
音の正体はこれだったようだ。。
それにしても彼女は誰なんだろう。
制服は俺と同じ高校みたいだが。
まだ動きが鈍い頭を必死に働かせて俺は彼女のことをじっと観察した。
その女子生徒は流れるような長い髪と、小動物を連想させるようなまるい瞳が印象的な女の子だった。
背は高くない方だけれど、通学カバンと一緒に壁に立てかけてあるギターケースからしてバンドをやっているのだろう。
真一文字に結んだ口はよほどリンゴに集中しているとみえる。
あまりにも彼女の顔が真剣そうなので、そいつのことを思い出せない自分をとても申し訳なく思った。


特にやることもないのでぼけーっとその女生徒の顔を眺めていると。
すると、不意に彼女が顔をあげた。
……どうしよう、視線があってしまった。
困った。こういうときどういう反応をすればいいのか分からないぞ。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
その女生徒は半端なく驚いた顔をしていた。
感情が表に出やすい奴らしい。
それだけにここからどう展開させればいいのか分かりにくいぞ。
「え、えーっと……おはよ……」
とりあえずあいさつをしてみた。
俺の言葉を聞いた女生徒はびくっと肩を震わせ、持っていたナイフと剥きかけのリンゴを床に落とした。
なんというナイスリアクション。
しかしリンゴがもったいない。
俺の体が動くのなら三秒ルールを実行していたところだ。
「あ……あ……」
信じられない、という顔で俺を凝視する女生徒。
さすがの俺でもそんなにじっと異性から見られると気まずい。
次にどんな言葉を書ければいいのか考えていると、
「で、でたあああああああああああああああ!」
と彼女は突然絶叫して、俺の部屋を飛び出した。
な、なんだよその幽霊か何かにエンカウントしたようなリアクションは……。
……傷付くじゃないか。
俺の部屋には彼女の絶叫の残響と、スリッパで猛ダッシュで廊下を駆ける彼女の足音だけが残った。


彼女が去ったあと、俺は少しずつ働きだしていく頭であの事故のことを思い出していた。
朦朧とした意識の中で、唐突に耳をついた悲鳴のようなトラックのブレーキ音。
それと同時に体がバラバラになるほどの痛みが全身を貫いた。
さかさまに写る空とアスファルトのコントラストを見ながら、酩酊状態だった頭でもこれだけははっきりと推測できた。
ああ、ここで、俺の人生は終わるんだ、と。
親や友人は悲しむだろうか、などの後悔を感じなかったわけじゃない。
けれどそれよりも俺の心はそれらを飲み込むほどの大きな安堵感があった。
心のどこかでこのような結末で俺の人生が終わるのを望んでいたのかもしれない。
しかし神様は非情にもそれを許してくれなかったようだ。
これから先、俺には死よりも不幸な未来しか待っていないというのに。
神様が存在するのなら、そいつはとてつもなくドSな奴に違いない。

作品名:いつか空の下 作家名:にょご