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雨がくれた運命

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今日は午前中の授業が全然頭に入らなかった。(いつもは入るのかって聞いたらアカンで!)
夏の肌に纏わりつくようなべた付く空気も今日は不快指数ゼロだ。たまにそよぐ風が春風のように心地良い。いや、春風のようでは無い。春だ。春が来たんだ。

昼休み。
いつものようにいつものメンバーで屋上を陣取って昼食を摂る。いつものコンビニのサンドイッチも今日は一段と美味しく感じる。

「ねぇアントン、なんかあったの?」

長い髪が暑いのか、後ろ髪を手で押さえて紙パックを啜っていたフランシスが此方に目を向けてくる。
その声にギルベルトもじっとりとした何やら不快そうな視線を投げてよこした。

「なにが?」
「いや、なんか今日ご機嫌みたいだから。良いことあったのかなーと思って」

顔に出てたんやろか。
いつもお気楽そうだと言われている自分だが、今日は確かに一日浮かれていた、それはもう盛大に。何て言ったって、昨日あんなことがあったのだ。浮かれるなと言う方が無理だ。
俺は紙パックのトマトジュースをひとくち流し入れて、にやける頬を押さえずにばらすことにした。

「昨日なー、やっと話せたんやー」

2人ともがきょとんとした一瞬後、フランシスだけが閃いたと声を上げる。

「例のバイト先に来る子?」
「そうやねん、昨日とうとう話しかけたったんやー」
「凄いじゃない!で?なんて話しかけたの?」

ギルがまだ難しそうな顔をしていることに気付いたフランがこれまたきょとんとした顔をする。

「俺様、何の話か全然分からねぇんだけど」

あれ?ギルに話とらんかったっけ?

「ちょっと何?ギルに話してなかったの?」

盛大にため息をついてフランが説明しだした。俺的にはもう話していた気でいたけど。

俺のバイト先のコンビニによく買い物に来る子。最初はその程度だった。
サッカー部の練習の無い木土のシフトで二週に一回は来ていたその子が、いつもトマトジュースを買っていくことに気付いて、なんとなく気にするようになった。それからいつも買っていくお菓子だとか揚げ物だったり、たまに支払いをする携帯電話代だったり。こんなに顔の綺麗な子がいつも仏頂面をしているのを勿体ないと思うようになった。笑ったら可愛いだろうな、笑ってくれないかなと思うようになった。

「あれ、ていうか昨日バイトじゃないんじゃないの?」
「ガッコで」
「え!?」

何それ詳しく!!と身を乗り出してきたフランとギルに押されてことの経緯を話す。

昨日は雨だったから室内練になってて、部活が始まるまでの時間を仲間とのお喋りに費やしていた。そうしたら廊下を歩く生徒の中に見覚えのある顔があった気がしてよく見るとそれは紛れもなくトマトジュースの子で、思わず下駄箱まで追いかけて、そこであの子は靴も履き替えずに茫然と外を見ていた。なるほどその手には傘が無く、帰るかどうか雨がおさまるまで待つかどうか考えているようだった。考えるよりも早く体が動いていて、勢いよく教室まで戻って傘を掴むと玄関までまた猛ダッシュした。

「それでそれで?」
「それで、傘貸してあげたんや」
「で?」
「クラスと名前言って、今日返してって」
「え?」

フランの眉が訝しげに歪む。
距離が近いから暑くてフランの下敷きを奪って仰ぐ。ギルの方を見るとこちらも信じられないものを見た様な顔をしていた。
なんか変なこと言うたやろか?

「……」

ギルとフランが顔を見合わせて、やっぱり眉間に皺を寄せあってこちらに視線が戻る。

「なぁ、ケー番とか」
「え?」
「メアドとか」
「え?」
「聞いてないんだ…?」

今まで話してたことと何の繋がりがあるのか一瞬分からなくてこちらもキョトンとした顔になる。
それから二人が言う意味が分かってはっとなる。そうだ、せっかく話掛けるチャンスが巡って来たのだ、なにの俺ときたら!

「ていうか今日返しに来るんだよね?だったら教室にいた方が良くない…?」

フランの言葉にまたもはっとなって、三人で教室までバタバタと帰った。


作品名:雨がくれた運命 作家名:くろ