朱璃・翆
「やあ、おはよう?」
がばっと起き上がるとあたりは明るくなっていた。
そして目の前には見知らぬ人間。
俺は警戒し、腰あたりをまさぐった。
「ああ、ナイフかい?あれは危ないからね、俺が預かっているよ?そんなに警戒しないで?大丈夫だよ。さあ、こっち来て一緒に朝ごはんでも食べたらどうだい?」
目の前の人間はそう言ってニッコリ俺に笑いかけた。
こいつはなぜ俺にそんな態度をするんだ・・・?
第一ナイフを持った俺は服どころか全身血まみれであからさまに怪しいはずなのに・・・。
俺は自分を見た。
血にまみれていたはずの体はきれいになっており、傷は治療されており、見たこともないぶかぶかの服を着ていた。
「ああ、ごめんね、あまりに汚れてたから脱がせてそこの川で君を洗ったんだ。それでも目が覚めないなんて、よっぽど疲れてたんだねえ?服は洗って干してるよ。それまで裸でいたら、いくら暖かいといっても風邪ひくかもしれないかなって思ったから、俺の服をね?」
そいつはまたニッコリしてそう言った。
邪気のないさわやかな顔で、やさしい口調。
そんな人間に会ったことも見たこともない俺はかなり戸惑っていた。
しかも眠ってなんの抵抗もない俺の服を脱がせて俺を洗っておきながら、俺に何もしていないなんて・・・。何もされていない事は自分の体だ、確認せずとも分かる。
「・・・どうしたんだい?ああ、俺が知らない人だから警戒してるのかな?大丈夫、安心してほら、スープでも飲みなさい。俺はナミって言うんだ。君はなんて言うの?」
「・・・名、前・・・?な・・・い。・・・ああ、犬、とか陰間って呼ばれて、た・・・。これが・・・名前、か・・・?」
「・・・そう・・・。じゃあね、君さえ嫌じゃなかったら俺がつけよう。そうだなあ・・・君はとっても朱色が似合いそうだね・・・。ああでも瑠璃色も素敵だろうなあ・・・うーん・・・じゃあ、朱璃。君の名前は朱璃。どうだい?」
ナミと名乗った人間は俺の言った事を眉を潜めて聞いた後ニッコリとそう言った。
「しゅ・・・り・・・?」
「うん。・・・嫌かい?」
俺は思わず首を振っていた。
ナミは、そう、とニッコリした。
そしてまたスープを勧めてきた。
スープ・・・。
俺はゴクッと喉を鳴らした。
昨日の朝からなにも食べていない。
どうしよう・・・。
こいつは俺が油断したところで何かしないだろうか・・・。
その時ふと気付いた。
そういえば俺が眠りこけている間だってなにもしなかった、いや、どちらかといえば世話を、してくれた・・・。
俺はそろそろっと動き出した。その間ナミはニコニコしたまま胡坐をかいていて、手は膝に置いたままだった。
・・・何もしないっていう、意思表示か・・・。
俺はナミと向かい合うように座った。そして焚き火にかけてある鍋を見た。
「じゃあ、入れるよ?おかわりは自由だから後は自分でいれなさい。いっぱい食べればいいよ?そら、パンもある。」
俺は2、3口そっと食べた後、貪るように食べだした。
そうしてがっついても誰も俺を叱らない、殴らない・・・。
目の前にいる奴はただ、一緒になって食べていた。
静かな時間が流れる。
「・・・君には親御さんとかは、いないのかな?」
食べ終えた後、ナミは手際よく片付けながらそう聞いてきた。
俺に片付けろと命令することなどなかった。
「・・・お、や・・・ご?」
「うん?お父さんやお母さんは?家族とかは?」
「?それは・・・な、んだ・・・?・・・あれ、か?俺を産み落とした、女のコト・・・?なら、死んだ。」
「・・・・・。君くらいの子供は1人では生きていけないんだよ?・・・かといってどうやら君が今まで過ごしてきた環境は、間違ってもいいとはいえなさそうだね・・・。・・・うん、どうだい?俺と一緒に来るかい?強制はしないよ?かといって俺も君にいい環境を用意してあげられる訳じゃあないけどね?・・・どうする?」
俺は今まで意見なんてものを聞かれたことなどなかった。
今まで選択権などなかった。
「・・・俺が、決めて、いい、のか・・・?だいたい、血まみれで・・・逃げてきたような、ガキだっていうの、に・・・?」
ナミはただニッコリと笑って、いいよ、と言っただけだった。
「・・・お、俺・・・あなたと・・・いき、たい・・・。」
俺に迷うことなどなかった。